AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

ツイッター  @sayoko11
<< October 2016 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
筋肉が落ちちゃう
一時間半の筋トレとストレッチが 毎日のルーティンですが

体調を崩していたので 3日間ほど 何も出来ませんでした。


旅行先でも 一時間半は無理ですが 30分ほどの軽いルーティンは やってきました。
一年のうちに 何度か 一日くらいは 何もやらない日もあります。

ですので けっこう筋肉は出来ているのです。
腕立て伏せもいつのまにか出来るようになっちゃったし。


けれど 今回は かなり真剣に不調だったので
何も出来ないことが 3日続いてしまったのですが


なんと
体調復活後 ルーティンを始めていくと
身体のあちこちが痛い。
特に 脚。

つまり 筋肉痛ではないですか!


たった 3日で 筋肉が落ちていたんですね。

年齢のせいでしょうか。
脚力って ほんとうに簡単に落ちるんですね。

(バレリーナは 3日練習しないと踊れなくなるって聞きましたが。比べるなって 汗)



それを実感したことで 自分の年齢も実感し
この先の 体の衰えも 予測でき
ひえええええ。と 思ったのでした。


もうすぐ60代。

でもね 数日ちゃんと続けると 筋肉痛もなくなっていくので
筋肉って いくつになっても育てられるんだな、としみじみ思いました。


ありがとう
私の筋肉。








聴けなかったCD
10年間 聴くことができなかったCDがありました。



それは 私が大好きで 母にも贈り 母も大好きになって
毎日 母が入院先の病院で聴いていたCD

母はその年 入退院を繰り返していましたが 家に帰っても いつも この曲が流れていました。

「これ 大好きなのよ。」

そう言っていました。


10年前に 母は亡くなりました。

母の大好きだった そのCDは 母の友人宛に 形見分けの一つとして
贈らせていただきました。




自宅には もう一枚 私の分の同じCDがあります。


私も大好きで 以前はことあるごとに 聴いていましたが
母を亡くして以来
このCDを流すと 母を思い出して 切なくなり 聴けない状態が続いていました。
亡くなる前の 一連の様々な苦しい状況や 母の様子をありありと思いだしてしまい
耐えられなくなってしまうから。


しかし 今朝は なぜだろう

久々に 思い出して そのCDをかけてみました。


懐かしい思い出は 変わらず 母と一体化して 思い起こされますが
苦しい感情は 無くなっていました。



時間は 最大の癒し手なんだな。




今朝は 珍しく湿度も低い感じ
しかも 天気もよさげ

このCDを かけながら
仕事前に あわただしく 何回も洗濯機を回し
家じゅうの窓を 開けて 空気を通します。



低気圧と台風で ずっと 湿度の高いどんよりした天気つづき
一時的にせよ 訪れた 晴天の中で
思い出のCDが やっと蘇りました。


うれしい。


お日様の力ってすごい。

CDの復活に感謝!















 






杉本博司 ロスト・ヒューマン
東京 恵比寿の写真美術館で 「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展が開催されています。




写真家になる前 杉本氏は骨董美術商だったのですが
骨董美術と 戦前の骨董品の収集は 今もなお続いているそうで。

人類と文明の終焉という壮大なテーマで
骨董と 自身の作品からなる 壮大な杉本ワールドが展開しています。

「今日世界は死んだ もしかしたら昨日かもしれない」という出だしで
その キャプションを手書きするのは
宮島達男
須田悦弘 
束芋   などアーティストや
ロバート・キャンベル
千 宗屋
小池一子
極楽とんぼ加藤浩次

などなど。


その インスタレーションの 独創性に驚きました。
化石から ラブドールまで。
ありとあらゆる 奇想天外なものたちが みごとな協調を見せています。





第二会場では
「廃墟劇場」 のシリーズで
廃墟となった劇場に 様々な映画を上映させて それを長時間露光で撮る。

「仏の海」は 京都三十三間堂の千手観音の 巨大な写真


すごい発想だなーーーー。




いや まじ 圧倒された。
完全にノックアウトされました。


こんな 個性的な世界を次々 発表する杉本氏はどんな 頭ン中しているんだろう。

いくらでもアイデアは出てくる!とおっしゃっておりますが。



11月13日まで。
 

すっごいわくわくしました!
めっちゃ 楽しかった。


きゃっほう!って感じになりました。









暴露は始まっていますね
混迷の世界です。

気象も今までと様相を変えて 想像を絶することが起きつづけていますし
どの国も 戦争の前兆のようなものを見せつけて 私たち庶民を不安に陥れています。

精神世界では アセンション(次元上昇)が完了しつつあるという話ですが
次元上昇したら とりあえず 何が変わるのかというと 人間の意識や 世界のありようが
微妙に変化していくはずだという。

まずは 隠されていたものが 出始める。

出ましたね。

日本において それがどんな影響を与えることになるのかは まだ分かりませんし
政府はこれを黙殺しようとしていますが
パナマ文書。


そして 最近では 東京都の築地市場移転。

どんなものにも 陰で大きな利権が絡むのは分かっている。
それがいわゆる 大人の世界なんでしょ?

オリンピックの陰に隠されて 見ようとしてこなかったというか
見せまいとしてきたものが 見えてきました。

今までの次元なら きっとうまく隠せたのかもしれない。
だまされても何も疑問を持たない庶民だったかもしれない。

これは 大きな変化だなあ!と感慨深いものがあります。


個人レベルでも 起きているのでしょうね。
隠れていたものが 見えてしまっていることが。

隠そうと思って故意に嘘をついていたものも たぶん見えちゃうし
自覚が無くて 周りが勝手に思い込んでいたものがあったとしても 見えちゃうようになるんだろう。


そして 自分自身についても。
自分では 自覚のなかった自分の要素が あらわになってくるんだと思う。


ある意味 こわいですね。


正体がばれちゃうってことは。

これからの政治はますます大変だろうな。

浮かれたまま オリンピックに突入している場合ではないですね。


















かえるくん、東京を救う
「かえるくん、東京を救う」は 村上春樹氏が 1995年の神戸大震災、さらには地下鉄サリン事件を経験したことで 書かれた短編6つのうちの一つです。

村上氏の言葉を抜粋します。

「1995年1月に神戸の大震災があり、同じ年の3月には地下鉄サリン事件が起こった。
 つまり1995年2月というのはそのふたつの大事件にはさみこまれた月なのだ。不安定な、そして不吉な月だ。
 僕はその時期に人々がどこで何を考え、どんなことをしていたのか、そういう物語を書きたかった。」

【かえるくん、東京を救う】では
銀行員の片桐さんがアパートの部屋に帰ってきたら、そこに言葉をしゃべる巨大な蛙がいた。

という不条理な世界。

その二人が 東京の地下にいる巨大みみずと戦い 2月18日朝の八時半に
東京に起きるはずであった直下型地震を
止めた という物語なのですが・・

名もない 普通のおじさんと 巨大な蛙が 誰に知られることもなく
地下にいる みみずと戦い 誰にも称賛されず 知られることすらなく その悲壮な戦いの末に命を落としていく。
二人の戦いの事実は そのまま闇に埋もれて消えていく。




ただの 不条理かもしれませんが


こういうことって けっこう 現実には起きていると思っています。
つまり
誰にも知られることなく 任務を全うして 消えていく人たち。

そのような人たちが 世界中に影のエージェントとして 闇の仕事をしてくれているから
なんでもない 平和な世界が保たれている。


馬鹿げた話なのに「かえるくん、東京を救う」は 読後に深く感動した。

とんでもない不条理の世界を描きながら なにやら 不思議な深い感動を与えられるということが
村上氏の天才たるゆえんだ。


世界中の片桐さんと かえるくんに 感謝!って思う。

他の短編もとても象徴的で面白いです。
「UFOが釧路に降りる」
「アイロンのある風景」
「神の子どもたちはみな踊る」
「タイランド」
「蜂蜜パイ」

佐野洋子さん
佐野洋子さんの絵本「百万回生きた猫」は 3人のこどもたちそれぞれに語り聞かせた絵本ですが
何回 読んでも 語り聞かせている間に自分が泣いてしまうという不思議な絵本です。

こどもたちは それぞれ自分のお気に入りの絵本があり
何度も何度も 読んでもらうのをせがんだ絵本は こどもたちの宝物なのですが

この「百万回生きた猫」は まさに私の宝物。

おそらく こどもたちが大人になって いろいろ社会でもまれて苦しいことも経験したうえで
この絵本をもう一度読んだら きっとまた違う印象になるにちがいない。

佐野さんは 常に物事を斜め横から眺めて 冷静に観察していて
とてもかっこいい おばさんでした。

2007年にお亡くなりになりましたが

がん宣告された直後に ディーラーに乗り込んで
ジャガーを即金で買うエピソードは 佐野さんを象徴するエピソードではないでしょうか。

小説「天使のとき」は
佐野さんが「一生に一度描きたかった春画」ということですが
とってもシュールな 家族模様をポルノチックに描いていて さすが。

がん闘病中の エッセー「死ぬ気まんまん」は
聖書のようにいつも傍らに置いておかねばならんと思ってしまいました。
こんな潔く 自分が死ぬことを楽し気に受け入れられるなんて。
病気や苦しみの中にいたら どれだけこのエッセーで勇気づけられることだろう。


エッセーも 小説も どれも
佐野ワールドで 誰にもまねできない世界が広がり
佐野さんの 人柄も際立ちます。


短編集「食べちゃいたい」から
佐野ワールドを ちょこっとだけ紹介してみます。


題名は 「ねぎ」

佐竹さまの奥様は 五百万円以上だろうと噂された絞りのお召し物でした。

帯はなんだか私にはわかりませんでしたが 一センチ位のダイヤモンドの指輪をなさっていました。

河村さまのお嬢様は パリに二度仮縫いに行かれたとかのシャネルのスーツでした。
胸にエリザベス・テーラーが手放したと言われたエメラルドのブローチをつけていらっしゃいました。

女の人が興奮なさるのは 比べるものがあるところでなくてはいけません。
皆さまご満足だったと思います。

その時 あのねぎが入ってきたのです。
目のさめるような緑の足をすっすと動かして 上半身は真っ白でつやつや光っていました。

透明な白い肌に それは繊細な白いすじが通って 真っ白な髪でした。

「おう」と殿方がいっせいにねぎに見とれました。
河村さまのお嬢様が ねぎを自宅に招いて 皆様に納豆ごはんをふるまわれたそうです。

ねぎをきざんだのは佐竹さまの奥様で きざみながら
「はだかで来るなんてひきょうよ」とおっしゃいました。



ね? なんか愉快でしょ?









9月は変革のはじまり

この9月は どんな人にとっても変革のスタートだと聞きました。

どんな人にとってもということは 当然 世界も変わるということですね。
どんな世界に移行していくのか楽しみですが。


面白い現象が起きました。
ちぐはぐな感じは 昨日の夜からはっきり現れはじめていました。
毎日 使っている ある瓶の蓋がまったく開かない。
その日の朝 開いていたのに 夜あけようとしたら びくとも動かない。
難しい蓋ではありませんよ。 ボトルキャップみたいなやつです。

こんなに強く締めたはずはないのに もう どうやっても開かない。
夫は指を痛めていて 彼には頼めない。

かなりの間格闘しましたが 、  諦めました。
もうこの瓶の中身は使えないかも。安くなかったのに、ぐすん。



で 今朝。

ちぐはぐは 続きます。

朝起きぬけにメールを読んだけど
その内容が 何故か歪んでとらえられてしまい 本当の意味を間違えてしまったことから
何度も 送信しなおすという・・・間抜けな話。

とうとう私の頭がぼけてしまったのか、と恐ろしいものがありました。


さらに
見上げると リビングの時計が 止まっている。
電池が切れたのかと思い 新しい電池に替えても これまたびくとも動かない。
電池がいけないのかと 次々新しい電池に入れ替えてもだめ。
お気に入りの時計だったのに、もはや寿命がきてしまったのでしょうか。
と悲しみました。

ところがですね
諦めきれずに 時計を眺めていたら ある時間を境に
いきなり動き始めたのです。
まあ、うれしい。

でもってですね
昨日どうしても開かなかった 瓶の蓋もですね
開けてみたら あっけなく開いた!


些細なことですが こんな妙な感じは 経験したことがあるぞ。

一つ 自分の中で次元がズレ終わった感じでしょうか。
つまり 世界は何層ものベールのような世界が重なっていて
そのベールの層を 動くとき  新しいベールの層に移行するとき
こんな風に ちぐはぐなことが たくさん起きてきました。
今までにも。

人間関係とか 取り巻く環境とかが妙に 思いっきり ずれるときもありましたが
こんな身の回りの些細な事なら まだかわいいものです。


それでも
これが(新しい世界が)自分にとって プラスと出るかマイナスと出るかは
今後起きる現象によって 判断できます。
とりあえず 冴え冴えとした感覚があるので
よし、としようか。











 

至福の時間

あなたにとっての至福の時間とは どんな時でしょうか。

美味しいものを食べているときも
美しい景色を眺めているときも
気兼ねない友達とおしゃべりをしているときも

美術館で感動しているときも
居心地の良い旅館やホテルでくつろいでいるときも
感動的な映画や 楽しい映画を観ているときも
誰かのために 手を懸けてお料理を作っているときも
そして案外 一心不乱に家の大掃除をしているときも

それなりに 私にとっては楽しい時間ですが


一番手軽に 一番 心浮き立つときは、と言えば


例えば 村上春樹全集を片手に お茶なぞ傍らに用意して読書しているとき。

それが雨の日であれば 「よしよし 今日はどこにも行かないで本を読んでいよう。」
と思えるし
素晴らしい晴れであれば 「こんな良い天気の中で 家で読書できる贅沢!!」
と感動する


けっこう 簡単な方法で 至福の時間を持てるのです。
村上春樹じゃなくても いいの。
現在関心のある 物事に 切れ味鋭いつっこみや視点を持って書いてくださっている論文でも
心躍ります。

美しい文章の小説とか。

火山のふもとで。は その文章の美しさで圧倒されました。


活字の中に埋没するので
美しい日本語であったり エキサイティングな視点であったり 

それがすごいエネルギー源になります。

 

だから 至福。

 

 

 

 



 

トーマス・ルフ
国立近代美術館で「トーマス・ルフ展」が開催されています


斬新な視点を持つ 写真家です。

ネガそのものが作品なのに とても美しい。



電磁波を三次元加工したもの




カメラを使わず 直接被写体を感光紙に露光したもの






何層もの画像を合わせて フォトショップで加工するとこんな 虹色に



NASAの画像を加工したもの




とかとか。いずれもでっかい!!!

迫力満点で 美しいです。


どんなものも こんな美しいアートの写真になってしまう。
見ごたえ十分。




さらに 今は こちらの美術館の2階で 奈良美智が選ぶMOMATコレクション
というのをやっておりまして



奈良さんは個人的に大変好きなアーティストですが
彼の描く人物が 次男に似ているということもあり



奈良さんが選んだ 作品を観ると ああ ほんとうに奈良さんが好きそうな作品だわ〜。
ととても興味深く拝見しました。

作品には 奈良さんのキャプションがついていて 「なるほどな」と思います。
こういう作品から 彼はインスパイアされたんだな。

こちらも お勧め!

どちらも 刺激うけたあ。楽しかったあ。





トーマス・ルフ 会期中は
レストラン ラー・エ・ミクニで
1日10組限定の スペシャルディナーが提供されているそうです。

これは お得かもしれない。








なんか凄い。。。「シン ゴジラ」
観るつもりは全くなかったのですが、うっかり観た娘に 「面白いから観て!」
と勧められて観てきました。


そしたら 凄いんですよ。これ。


自衛隊全面協力!
戦闘機 戦車 これでもか!って。
ミサイルもばんばん飛ぶし。
米軍戦闘機も登場するし。

自衛隊の広報映画なのかしらと思ったりしましたが
シナリオは とっても面白い。

でも これ観て
「よし、僕も自衛隊に入ろう!」
と思う男子もけっこういるのではないでしょうか。

ハリウッドに負けない 臨場感で
日本映画もついに ここまで 頑張って到達したのか・・・・・
という感慨もあり。


この映画の意図はどこにあったのか。
それを考えると 素直に面白がっていいのかとも思ってしまいますが
迫力はあるし 特殊技術は凄い。

こんな怪物が いきなり出現する可能性も 今後全くないとは言えませんが
迎え撃つのには これだけの書類やら会議やら手間がかかるんですよ。と説明されてて
アメリカ大統領同様 日本の首相にもこれだけの 決定権を持たせないとだめなんだろうか?
と懸念してしまうのは事実。
それが狙いなのか?

それに向けての けんぽうかいせいもあるのか。

とにかく
面白かったです。ゴジラの映画とは思えないほど 面白かった。
いろいろ考えさせられたので 観る価値あり!



さて

もうすぐ 私の大好きな ジェイソン・ボーンシリーズが帰ってきます。
とりあえず 目下のところ それが待ち遠しいです。
マット・デイも――――――ン!!!!






Check