AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

ツイッター  @sayoko11
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
カルチェ 時の結晶
「カルチェ 時の結晶」展に行ってまいりました。


宝石系は 必ず行きます。
宝石を観ると 顔が奇麗になると信じていますので。
大きな石は 大好きなんです。国宝級のものとか。
今までに 感動したのは トルコの王様の剣につけられた エメラルドでしたが
あれは とてつもない大きさで 人生で初めて宝石というものに感動した体験でした。
さて カルティエはいかに?


会場内はたいへん暗い。
おばさん達は よほど足元を気を付けないと 大変なことになる。
暗闇にスポットライトで 宝石を輝かせているので
ダイヤモンドの輝きが半端ないです。

個人蔵の 時計や宝石がたくさん展示されていましたが
私はむしろ これを持っているのは どんな人なんだろう という想像の方に
気を取られてしまいました。


ダイヤは圧巻です。
私は色石よりも ダイヤのみ!という潔い感じが好きなのだなと
再認識しました。

技術を誇示するために 複雑なデザインや造形をあえて作っているところもあるのでしょうね。
爬虫類系が 大変生々しく 毒々しく光り輝いている光景は
美しいというよりも 腰が引けました。
日本人と欧米人の感覚の違いなのでしょうか。
大型の まさに実物のような ダイヤで出来た爬虫類を首に付ける感覚はどういうものなのだろう。
そういうところも 興味深いです。

暗闇にライトで照らされた 宝石たちに 目がくらみ
凝視しつづけたためでしょうか 会場を出るころには
しっかり目が充血してしまいました。

杉本博司氏が 古美術と宝石をコラボさせていましたが
さすがに 面白い取り合わせだと感心。
室町時代や鎌倉時代の 古美術は 確かにハイジュエリーの輝きに負けませんね。

あの方は どんなものも 面白がってしまうのがすごいと思います。


ハイジュエリーの 輝きを目で学ぶにはもってこいの展覧会です。
目が肥えます。


さて
見終わって 顔が美しくなったか?
凝視しすぎて 充血した目しか確認できなくて 残念。

でも 超絶美しい宝石がてんこ盛りで 楽しいです。





そもそも現代アートは
愛知トリエンナーレが問題になっています。
過激な内容で 特に右翼から攻撃されたようですね。

少女像もさることながら
天皇の写真を焼いて灰にしたものを足で踏みつけるという作品が 一番よくなかったみたい。

少女像は 韓国との問題がとてもナイーブな状況の中での展示になったので
やはり タイミングが相当悪かったなと。

私は個人的に現代アートが好きなほうなのですが
現代アートの中には かなり えげつないものも 当たり前に存在しています。

中でも 衝撃だったのは
1995年 ダミアン・ハーストという 作家が
牛の親子を真っ二つ縦に切断してホルマリン漬けにした展示。
鑑賞者は その切断された 真ん中を通って鑑賞します。


うわ、気持ち悪いと思ったけれど ターナー賞という現代美術賞の中でも重要なものを受賞しました。
この時点で 現代アートもこんなところまで来たかと うんざりしました。

こういう作品が 賞を取ったということで その後これはどうなのだろう?という作品がどんどん生まれたような気もする。
作家は 自分のねじれた欲望を作品で昇華したりするから
人にとっては かなり気持ち悪く不愉快と感じるものを 作り出していく。
その作品は  私にとっては「最っ低。」と思えるものも 同じくねじれた欲望を抱えた鑑賞者にとっては
称賛に価するものになるわけで。

アートという 隠れ蓑があるから なんでもできちゃう。

だから
そもそもが 現代アートというのは なんでもあり。みたいなかんじで
作家たちは これでもか!と 既成を壊すことを 見せつけるということをさんざんしてきた。

それにしても
愛知トリエンナーレは 問題のある展示が 過去にもあるようで
2016年には 小鳥を使った展示が 愛鳥家にものすごい反発を食らったようです。

アートという 名前の元に 残虐なことが 大義名分を得て行える。
そういう 紙一重の世界でもあります。

紙一重と言えば 政治なんて とっくにその一重を大きく逸脱して
やってはいけない領域にまで 侵入していますが
それに関しては 大きな反論は言えないみたい。

これを停止に追い込んだ 政治的圧力も どっちもどっちかと。
えげつないものが 人の目に触れ始めた これも一つの象徴みたいに感じてなりません。
アルキメデスの大戦を観た
見てまいりました。


菅田将暉くん 面白かったです。個性的な演技派ですね。

珍しく夫も彼のファンなんです。頭の回転が良い ゆうて。


天才数学者が戦争を止めようとした。

戦争は現実に起きているので どういう展開になるのかと思っていましたが


戦争は負ける。みんなが自覚していた。
戦艦ヤマトは 崩壊する日本の象徴となる。

沈みゆくことが確定している日本の 「依り代」としての 役割だ。
そして 戦艦ヤマトは その象徴として沈んでいかねばならない。
それが分かっていて 3000人もが乗船していたわけだ。
同じく 軍隊として送られた人間たちは 滅亡を確信されて送られたわけですよね。


という戦艦ヤマトの解釈が興味深かったです。


しかしながら
この時代の 支配層の思想風景と 現代が 同じに感じます。
「新聞記者」と 合わせて観ると ますます昔も今も同じ。


これは 戦争反対のメッセージを含んでいるのか
あるいは 人によっては 戦艦の美しさに共鳴する人もいるだろうし。

どんな内容でも 真反対に解釈して 心動かす人はいるでしょうから。

沈む日本の象徴として 沈んだヤマトですが
戦後 このくらい経つと またぞろ同じ思考になっていくのですね。


塩田千春 エネルギーのシャワーを浴びる
森美術館で「塩田千春 展 魂がふるえる」が開催されています。
ベルリンを拠点にグローバルな活躍をしていますが
記憶 不安 夢 沈黙など かたちの無いものを表現したパフォーマンスやインスタレーションで知られます。

オペラや演劇ともコラボしていて その舞台の様子も興味深いです。


今回の展覧会「魂がふるえる」には 言葉にならない感情によって震えている心の動きを伝えたいと言う
作家の思いが込められています。


最初に彼女の作品を見たのは いつだっただろう?
無数の細くて赤い糸に束ねられた世界に 圧倒されました。




この大空間を 覆いつくす糸。
どういう思いで 延々とこの糸らを絡めていく作業をしたのか。
この空間の中に入ると 塩田氏の圧倒的なエネルギーのシャワーを浴びている感覚になります。



館内は 写真撮影ができる作品もあるので
撮影も楽しいですね。


作家自らがバスタブに浸かり 頭から泥水を浴び続けるという映像作品があります。
一見 ぎょっとする映像ですが
ずっと見ていると 泥水とともに 自らの毒も排出しているような感覚になり
泥をかぶる作家と 自分が 一体になっていくかんじ。
そうすると 泥水を被る行為は けっこう気持ちよいんじゃないかと 思ったりして。

 
塩田氏の すごい個性的で圧倒的な世界観に浸るのは
(ほかの センスあるアーティスト同様)
私の中の 私もまだ意識できない知らない自分の感覚が呼び覚まされるのではないか
という ぞわぞわした感覚になります。

以前に紹介した ボルタンスキーも 同じ感覚になりました。


私にとっての 現代アートは
この日常から大きく逸脱した 異常な世界によって
呼び覚まされる 眠った感覚や感情
それが 明日への活力や それまでに囲い込んできたものの脱力 放出に繋がるので
わくわくするのです。


10月27日まで。

森美での展覧会は 期間が長いので 安心。








ボルタンスキー 超刺激的!

本日より 「クリスチャン・ボルタンスキー展」が 新国立美術館で開催されました。

https://boltanski2019.exhibit.jp/


大地の芸術祭や 瀬戸内国際芸術祭にも参加しているフランス人アーティストです。
「展覧会をひとつの作品のように見せる」と語るだけあって
作家自身が個々の作品を組み合わせ 会場を一つの巨大なインスタレーションとして構成しているという。


この手のインスタレーションはとっても好きなので
初日 行ってきましたとも!


しょっぱな
「咳をする男」「なめる男」の
ブラックなグロテスクな映像に 腰が引けそうになりました。((+_+))

入場口から すでに聞こえていた音声がまた・・・・・なかなかに迫力があって・・・
入るやいなや ただものではない予感がしていましたが。


この展示は 入ってすぐ 出ていく女性もいます。そうだろうなあ。
ボルタンスキーを知らないと 出ていきたくなるかもしれない。
かなりの衝撃ですもの。
特に「咳をする男」。 ホラーか。

まずは入場とともに ボルタンスキーの パンチを浴びた感じ。
「なめんなよ!」って。


こういう状況って まず日常生活には 蓋をされて出てこない。
けれど 現実にありそうな状況でもあるかもしれない。

世の中は 実はかなりグロテスクなもので出来上がっているけれど
映画「マトリックス」のように 架空の何事もない状況が演じられているだけ。

そう思うと この映像も興味深いと 無理やり自分に思い込ませたりして。

ここで パンチくらって
腹を据えて 観る!という覚悟が出来るのかもしれません。


その先
顔のポートレートが おびただしいブリキ缶やブリキ枠の額縁の上に展示されている。
まるでイコンのようにも見えます。

私は個人的に鉄とかブリキでできたカンカンが大好きなので
そちらに興味を惹かれてしまいましたが。

うわ!錆びたいい感じのカンカンがこんなに!って。

これは ブリキ枠の額縁ですね。こんな感じ。
展示は毎回 違う雰囲気になります。これは国立国際美術館の様子。




会場を取り巻くように 展示された顔のモニュメントの
圧倒的な空気感がすごいです。
是非 この空間の 異様な それでいて静謐な空気を感じてみてほしい。


さらに その先の会場にある 「ぼた山」が強烈でした。
手前の通路から すでにぼた山が見えているのですが
まるで お山のご神体か!と見紛うほどの不思議感満載。

以前の他の美術館でこの作品の画像を見ていたのですが ここの会場は広いので、さらに圧巻だと思う。
すごいぞ。新国立!

積み上げられた おびただしい黒い服の巨大な山。
天井から 下がる 「顔」の透ける幕が幾重にもはためいて 幻想的。


さすが 空間のアーティスト。魅せるなあ。


日常のものから 宗教的な香りのするものへと。
とてつもない 非日常の世界へ連れて行ってもらえます。


こういう天才的なインスタレーションって
自分をすごく刺激して 日常のつまらない規制の枠組みとかを完全否定してくれるから
わくわくします!!!

伝統的な美しい絵画はもちろん 素晴らしいし 心を癒してくれますが
私は このような現代アート 囚われないセンスを持つ アーティストの作品が
すっごい好きです。

どんなものでもいいわけではありません。
圧倒的センスを持った そういうアーティストに刺激を受けることが素晴らしい体験になるからです。




9月2日まで。


この帰り、山田孝之の次のオシメン 染谷くんと日比谷駅ですれ違いました。

 

 

かお、ちっちゃ!

 

かわいい!

 

 

ますます幸せ🍀

 

 


 

ルート・ブリュック 可愛いが止まらない
東京ステーションギャラリーで「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展が開催されています。




ルート・ブリュックは フィンランドの陶芸アーティスト
没後20年を記念して。

展覧会の表紙に使われているこの 作品を見て 
「これは 観に行かなくては!!」
と思ってしまいましたとさ。




晩年は 具象でなく抽象的な非常にシンプルな スタイリッシュな作品になっていきますが
私は 最初のころの 土臭い陶芸作品が好き。

もう めちゃめちゃ ツボに 可愛い。






2階は 写真撮り放題です。

陶器なのにこんなに可愛い。



6月16日まで。
至福の休日
5月の気持ち良い朝。
一年で最も 素晴らしい季節ではないでしょうか。

こういう 晴れて 穏やかな日は
外に出かけたくなるのです、わたしは。
オープンカフェでコーヒー飲みたいなー。
でも
先日 美術館に行き 緑を眺めながら外でコーヒーは飲んだから
今日は 外に出ないと決めました。


天気が良いから 冷蔵庫の掃除や洋服の整理にもうってつけなのですが
今日は 私のためだけに時間を使うことに決めた!

一日のルーティンを終えて
掃除 洗濯 ストレッチ ヨガ
けっこう毎日 時間がかかります。
朝一で 図書館に行き 植物画や 美術の 分厚い本を何冊も借りる。
その荷物を よっこらしょと抱えて スーパーに寄り
ハーブ入りのチーズなんていう おしゃれな食材を買い
家に帰って 自分だけの優雅なサラダを丁寧に作る。

お気にの CDをかけ

たっぷりのコーヒーを飲む予定で
カフェインレスのコーヒーをたっくさんいれる。

家中の窓を開けて
自分だけの ランチを食す。

それから 色鉛筆や色ボールペンを たくさんがちゃっと広げて
今日は 絵を描くのです。

小学生のころから絵をかくのが好きで
こどもが生まれると こどもたちを主人公にした絵本をかいて 読み聞かせしたり
娘には せがまれるので 毎日 お姫様を描いていました。

こどもたちが 大きくなってきたり
それどころじゃないような生活に突入したこともあり
もう 20年以上絵を描くことを全くしていませんでした。

今年に入って クレパスやら 色鉛筆やらを見ると欲しくなり
画用紙も欲しくなり
描きたい欲求が生まれたので 

試しに 描いてみたら それが 下手で。(笑)
お姫様をかいてみたら あらひどい。
それを娘に見つかって 「ママ へたくそになったねー」と言われ
ほんと どんなに好きでも へたくそになっちゃうんだと感慨深い思いをし
好きな絵を模写するところから やりなおそうかと思った次第です。


最初は どうかいていいのかわからないで 戸惑いました。
一時間もすると なんとなく思い出してきて
あっというまに 数時間が過ぎていました。

楽しかったんです。すごく。

ああ これこれ。
こういうの 好きだったんだよ。
色を使うのも たっのしいな〜 

と 思い出してきて
幸せな昼下がりを過ごせました。


みなさまにとって 至福の休日とはどんなものでしょうか。
美術館も楽しいのですが
自分から 好きなことを表出するのって 楽しいですね。
書くことも嫌いじゃないので
ブログを書くことも 楽しいのですよ。


あっというまに 夕方です。
そろそろ 夕飯の支度と明日の準備。

5月の 素晴らしい季節に感謝!



「ウィーン・モダン」から「クリムト」へ
国立新美術館で「ウィーン・モダン展」が開催されています。

19世紀末から20世紀初頭のウィーンの 装飾的な文化を いろいろな分野で紹介しています。
建築 絵画 衣装 食器 家具


特に見たかったのは
早逝の画家 エゴン・シーレ
強烈な個性を持つ この画家は やはり天才。

そしてやはり こちらの展覧会の看板はクリムト

どうやらプロトニックだったらしい 愛人の
「エミーリエ・フレーゲの肖像」
本人は気に入らなかったらしい。

後のクリムトの代名詞になった 金箔を初めて使った絵画
「パラス・アテナ」
日本画の影響をこれより大きく受け始めているのが分かりますね。

クリムトが所属していた ウィーン分離派のポスターが また かっこいい!
たくさんのポスターとカードが展示されていますが
どれも 本当に素敵!
展示されていたカードの複製が ぜひ欲しかったのに!ありませんでした。



クリムトを見たら やっぱり こっちもぜひ見ないと!という気になります。

東京都美術館「クリムト展」

こちらは 過去最多の油彩20点以上のクリムト作品が展示されています。

めちゃくちゃ 色っぽい 「ユディト」

クリムトっぽくないけど ものすごく愛らしくてかわいい
「ヘレーネ・クリムトの肖像」

複製だけど 圧巻は 全長34メートルの壁画
「ベートーヴェン・フリーズ」


やっぱり クリムトの描く女性は 素晴らしい!
ため息が出るくらい エロティック。

ルノワールの女性像は 女性の理想像ともいえるもの。
女性なら 誰でも ルノワールに描いてもらいたいと思うのでないでしょうか。
やわらかで穏やかで なおやかな 美しい女性として。

クリムトの女性像は うんと生々しい。
女性の怪しい魅力を これでもか!と表現している。

そして クリムトの描く肖像画は 他の画家とは一線を画す。
「オイゲニア・プリマフェージの肖像」は 参りました。って感じ。
さすがです。
見てください。

やはり クリムト 恐るべし というものが たっくさん 展示されていますので
見ごたえ十分です。


クリムトを堪能して 幸せな一日でした。





無印良品銀座って
開店したばかりの 「無印良品銀座」に行ってまいりました。
私もミーハーだな。

無印は 特に日本製のものがお気に入りで 低価格で質の良いところが好きです。
今は扱っていないようですが 以前 日本製のガラス商品はとてもよかった!

安いガラス製品は イケアとかに たっくさんありますが
薄くてもろい。
けれど 国産のガラスは 美しいのに丈夫です。


新しい店舗は 見せ方がおしゃれでした。
店舗が変わると 人はこんなに買うんだなと感心してしまいましすね。
開店したばかりの土曜日は 夕方も 入店するのに並ぶくらい。

私の好きな籠系 布系が おしゃれににディスプレイしてあるので ちょっとアドレナリンが上がりました。

6階には アートな本が図書館みたいにあり それを椅子に座ってゆっくり読むことができる。
カフェもあるので 飲み物をオーダーすることもできる。
代官山や 銀座の蔦屋みたいです。

6時過ぎたあたりから すきはじめたので ゆっくり見るなら夕方以降ですかね。

店舗の印象は ユニクロ銀座に似てる。と感じました。
以前の有楽町駅前の店舗のほうが 広いしゆったりしている感じでしたが
銀座店舗は 「見せ方」に力が入っています。

一階の ソフトクリームも美味しい。特にほうじ茶ソフトはお勧めです。

上階は無印良品の品物で作り上げた ホテル。

「WA」というレストランがあります。

野菜や食材にこだわった和食のお店。
早速 夕食をいただいてきました。


ごはんもおいしかったし お野菜も おかずも
正しい和食という感じで 体に優しかった。
食べ疲れすることもなく 嬉しい食事でした。

添加物や油に弱いので 外食は和食が中心になりますが
ここの和食は 正しい。


今回
私はイラクサ製品を購入しました。
ガサガサした感じが ワイルドで好き。💛
イラクサの糸玉も購入したので それでコサージュを作ってみよう。



マックイーン モードの反逆児
アレクサンダー・マックイーン
とんでもない想像力と破壊力を持ったデザイナーという印象でした。

自分の「マックイーン」といブランドを維持するために
ジバンシーや グッチに雇われて こき使われて
疲弊しちゃったのか。

彼の伝記的映画ですが
どうしてマックイーンは あんな悪魔的なデザインを量産できたのか。
そして 彼のエネルギーはどこから?

過去のコレクションが デビューの時から遡って 観ることができるので
とても興味深い。

一番の理解者であった お姉さん的なスタイリストを2007年に失い
2010年 母親の葬儀の前日に自死。

どうして あの若さで死ななければならなかったのか。
それが この映画で語られています。

天才ゆえに
過酷なスケジュールを長年こなせてしまった不幸。
孤独の中で 絶望してしまった人。
ファッション界って恐ろしいですね。
どのように才能ある人間からエネルギーを容赦なく奪っていくか。

学生時代は どの科目でも 洋服の絵を描いていたというくらいのデザイン好きで
卒業後は 精力的に様々な技術を貪欲に吸収していく。
田舎の愉快なお兄ちゃんという風貌から
ドラッグで 価値観が転換していったのか 脂肪吸引しちゃって
どんどんやせ細っていってしまって 骨と皮だけになっていく様子。

切ない・・・・

けれど
彼の最後のコレクションは 本当に圧巻!!!!
命をかけた 総決算的な迫力で素晴らしいです。

マックイーンという とてつもないデザイナーがいた。
ということは モードの歴史の中で永遠に残るでしょう。

感動的な映画でしたが
映像が 私には 苦しかった。
若ければ問題ないのだろうけど おばさんにとって あの撮り方は見ずらい。
目は疲れましたが 最後に 感動は残りました。