AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

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イーヴォ・ポゴレリチが凄かった

イーヴォ・ポゴレリチの ピアノコンサートに行ってまいりました。

 

1958年 ベオグラード生まれ

10歳でソロ・コンサートを開いてデビュー。

 

1980年 のショパン国際コンクールで 本選を前に彼を落選させたことについての論争を

一人 マルタ・アルゲリッチの「だって 彼は天才よ!」という言葉によって

一躍脚光を浴びる。

 

このエピソードは 漫画「ピアノの森」にも引用されています。

 

 

「解体再構成」すると いうことですが これはどういうことなんだ?

 

今回の演奏は

バッハ

ベートーヴェン

ショパン

ラヴェル

 

という 贅沢な取り合わせの演奏でしたが

 

凄かったです!

 

もう バッハは バッハじゃない。

自由演奏ですか?と思うくらいの 個性なんです。

 

私は音楽は素人ですが 素人でも なんじゃこれ?と思うくらい個性的で 情熱的で 抒情的

 

サントリーホールを満員にしちゃう 人気なんですね!

 

プログラムの後ろに スタッフの話が載っていましたが

最近の ポゴレリチは 安定した変態になってきた。

という表現が 言いえて妙。

 

ものすごい刺激をもらいました。

 

彼くらい 楽曲を自分のものに変えて まるで違うもののように再構成させる

人生も このくらい 徹底的に楽しみ込んで 味わいつくして 自分のものにする!

それが出来たら最高だな。

 

 

 

秘展

21−21 デザインサイトで 「秘展」が開催されています。

 

めったにみられないデザイナー達の原画。ということで

建築家 グラフィックデザイナー テキスタイルデザイナー などなど

一人一つの ガラスブースが与えられて それぞれに好きなような展示を見せてくれます。

 

一つの作品を作る場合に どうやってそれを形にしていくのか

彼らの思考の変遷を覗き見ることが出来て 楽しいです。

 

ものすごい繊細な絵や文字を重ねて 緻密にデザインを構築する人

ざっくりしたものから 次第に形を造っていく人

彼らデザイナーが どれだけ 日常で デザインの素材を集めているのか。

どれだけ アンテナを張っているのか。

 

さすがーーー。

 

と感心しきり。

 

 

私は 建築も好きですが 布が好きなので

テキスタイルデザイナーが どのように新しいタイプの布を作り出していくのかが

とっても興味深かったです。

 

例えばこれ。

布の切れ端を集めて 重ねて それから一つの新たな布を造る。

その素材は小枝まで!

 

 

 

 

見学者は 若い人が圧倒的に多かった。

たぶん 様々なデザイナーの卵たちなのかもしれない。

尊敬するデザイナーの ブースを真剣に写真にとりながら 食い入るように観察していました。

 

見ごたえあります。

 

3月8日まで。

 

奈良原一行さん

先日 国立近代美術館「窓展」で 奈良原氏の写真について言及していたのですが

http://ateasesalon.jugem.jp/?eid=1286

 

なんと 投稿した同日 19日 奈良原一行氏が お亡くなりになっていました。

 

現在 世田谷美術館やJIIフォトサロンでも個展が開かれています。

 

 

こちらは 「王国」シリーズの

トラピスト修道院

 

 

ドラマチックな写真に 心がぞわぞわします。

 

この機会にぜひ。

 

 

窓展

国立近代美術館で「窓展」が開催されています。

 

窓をめぐるアートと建築の旅 という副題でして。

 

窓の絵画や写真

窓の建築

窓というのは とても象徴的で詩的なものなのだなと再確認しました。

 

私の好きなマティスに会うために出かけましたが

特に興味深かったのは

奈良原一高の 写真「王国」でした。

窓の内 窓の外 という題でしたが

外部から閉ざされた修道院と監獄が題材にされて 比較された写真が並びます。

トラビスト修道院と女子刑務所

 

自らの意志で窓の中にいる人と

外からの圧で窓の中に閉じ込められている人

 

ここでの窓は

大聖堂の窓は 天を指し示す窓。地上にいながら神の国に身を捧げる空間にふさわしい窓として。

一方

鉄格子がついた窓は 脱獄を絶対に許さない「窓」として。

 

 

考えさせられました。

 

こんなふうに 好きな絵画に会えるだけでなく

意外な視点を見せてくれる 楽しい展示です。

 

国立近代美術館って いつも混んでいないし

レストラン「ラー・エ・ミクニ」も入っているので

疲れて 自分にご褒美したいときには うってつけです。

 

2020年2月2日まで。

2並びですね。

 

 

 

 

 

贅沢生リース〜!

去年は オレゴンモミで スワッグタイプのものを作った。

モミは とってももったから お正月には 御幣を付け加えて そのままお正月飾りにして使えました。

 

今年は コニファーや モミや カラーリーフをふんだんに使わせてもらって

贅沢な 針葉樹の生リースを作りました。

 

いい香り!!!

 

このまま ゆるやかにすべての素材がドライ化していくはずなので

完全ドライになったらまた違う用途で使えるはず。

 

年末のプチ贅沢。

 

 

 

東京国立博物館 正倉院ではなくてー「人 神 自然」
トーハクで 「正倉院展」やっておりますが
そちらではなく

常設展のチケットで見ることができる 特別展
「人 神 自然」が すごく面白かった!

正倉院展 以前に行きましたが 私の興味をそそるものがあまりなかったので
今回は スルー。
正倉院のものは 聖武天皇が使うものだから 面白い神像とか土臭いものなんか
あるわけない。
だから 私にとってはつまらないわけですが。


代わりに こちらの特別展 11月6日からで 神々の面の看板を見た瞬間から
「これは 行かなきゃ!!」と思い 早速行ってまいりました。


カタール国の王族 アール・サーニ殿下が収集したコレクションです。


世界あちこちの 古代の神像 動物たち。
見たこともない造形がたっくさんあります。

入口入って 右手の ラメセス2世の 巨大な神像は
くらっくらするくらいのエネルギーがありました。

私は 特に 紀元前2500年から1800年頃という
バクトリア・マルギアナ の 女性像に わくわくしました。
同じく バクトリアの 「スカーフェイス」も面白いったら!
見惚れる・・・・・目が離せない・・・・
場所を確かめると そこは今の トルクメニスタン。アフガニスタンあたり。

私はトルコとか 中東のものを見ると むずむずするのですが
たぶん 前世そちらで生きていたからだと思います。


謎の 「スターゲイザー」の女性像は 宇宙人か!
これは アナトリア半島 前期青銅器時代 紀元前3300〜2500年のものなのに
洗練された現代アートのフォルムのよう。

造形の面白さに ものすごくインスパイアされます。


トーハクの中の 東洋館は テラスがあって
トーハクの内庭を見下ろすことができる 気持ちの良い場所ですが
人にはあまり知られていないので 休日でもすいていて 穴場。


こちらに併設されるレストランは あまりおいしくないので
平成館まで行って たん熊のお弁当や 鶴屋吉信の豆かんを 食べる。

中庭には 美味しいコーヒーの淹れたてを飲ませてくれる屋台もあり

ついでに 本館の展示まで見たら
一日中遊べます。

本館の ソファーは立派なので こちらでくつろいで読書も最適。


世界の神像 いっぱい見て
最後に 本館の「遮光器土偶」を拝んで 終わった。


紅葉の季節だと ここはめちゃくちゃ気持ち良いのです。


トーハクは 私にとっての ディズニーランドやーーーー。







アンドラーシュ・シフが すっごい!
東京オペラシティで アンドラーシュ・シフの ベートーヴェン ピアノ協奏曲を聴きました。
 

世界最高峰のピアニスト
なんて優しくて 柔らかい音でしょうか。

シフは ピアノ演奏しながら オーケストラの指揮をしますが
オーケストラの音色も シフのピアノ同様
なんて 優しくて柔らかい音でしょう!
こんな音は 日本で聴いたことが無い。

オーケストラのメンバーはシフ氏によって なんと!人格で選ばれるそうです。
「ここには自分本位なもののための居場所はありません。」
という通り
自己主張する楽器は 一つもなく すべてが控えめで 美しいのです。

3時間の 演奏をたっぷり堪能しました。
自己主張しない音は 全く疲労感は無い。
むしろ細胞が生き返る感じ。

そうか・・・・
演奏を聴いて 疲れるのは 演奏者が自己主張していたからか。

これは アートや絵画でも同じですね。
見終わった後 ひどく疲れるのは 自己主張が激しいものだものな。


特に!
ピアノ協奏曲第三番 ハ短調
ピアノを聴いて 涙が止まらなかくなったのは生まれて初めての経験でした。
しかもベートーヴェンて。


美しすぎます。

ものすごくおいしい料理や
ものすごく美しい音楽に感動できる心があれば
たとえ 今 奈落の底にいる人であっても 大丈夫だ。
もうすぐ立ち直れるはず。

とつくづく感動しました。


今週は 芸術の秋づくし。
ゴッホ観て シフ聴いて オペラ観て リヒテンシュタイン観て
わたしは地獄から生還する。


ゴッホ展 薔薇を観に

上野の森美術館で 「ゴッホ展」が開催されています。

 

混雑が容易に想像できるので

平日朝一 開館前に並んできました。

 

今回の展覧会

絶対に観たい!のは この「薔薇」

 

これです。

 

私は 画家たちが描く花のモチーフが 何よりも好きで

もちろん ゴッホの「アーモンドの花」は大好きな一つですが

今回は この「薔薇」。まだ一度も対面したことがなかったので

是非是非 生で会いたかったわけです。

 

可愛かったよおお。なんて可愛い色。

 

ゴッホ晩年 サン・レミ療養院時代の絵は 一番好きかもしれない。

 

精神を病んでいたわりには 生命力あふれる糸杉や 療養院の庭の美しい花々に

感動をおぼえます。

 

肖像画 ゴッホはデフォルメさせたら世界一だと思う。

 

やっぱり 日本人はゴッホが好き。

 

 

 

来年 1月13日まで。

 

 

カルチェ 時の結晶
「カルチェ 時の結晶」展に行ってまいりました。


宝石系は 必ず行きます。
宝石を観ると 顔が奇麗になると信じていますので。
大きな石は 大好きなんです。国宝級のものとか。
今までに 感動したのは トルコの王様の剣につけられた エメラルドでしたが
あれは とてつもない大きさで 人生で初めて宝石というものに感動した体験でした。
さて カルティエはいかに?


会場内はたいへん暗い。
おばさん達は よほど足元を気を付けないと 大変なことになる。
暗闇にスポットライトで 宝石を輝かせているので
ダイヤモンドの輝きが半端ないです。

個人蔵の 時計や宝石がたくさん展示されていましたが
私はむしろ これを持っているのは どんな人なんだろう という想像の方に
気を取られてしまいました。


ダイヤは圧巻です。
私は色石よりも ダイヤのみ!という潔い感じが好きなのだなと
再認識しました。

技術を誇示するために 複雑なデザインや造形をあえて作っているところもあるのでしょうね。
爬虫類系が 大変生々しく 毒々しく光り輝いている光景は
美しいというよりも 腰が引けました。
日本人と欧米人の感覚の違いなのでしょうか。
大型の まさに実物のような ダイヤで出来た爬虫類を首に付ける感覚はどういうものなのだろう。
そういうところも 興味深いです。

暗闇にライトで照らされた 宝石たちに 目がくらみ
凝視しつづけたためでしょうか 会場を出るころには
しっかり目が充血してしまいました。

杉本博司氏が 古美術と宝石をコラボさせていましたが
さすがに 面白い取り合わせだと感心。
室町時代や鎌倉時代の 古美術は 確かにハイジュエリーの輝きに負けませんね。

あの方は どんなものも 面白がってしまうのがすごいと思います。


ハイジュエリーの 輝きを目で学ぶにはもってこいの展覧会です。
目が肥えます。


さて
見終わって 顔が美しくなったか?
凝視しすぎて 充血した目しか確認できなくて 残念。

でも 超絶美しい宝石がてんこ盛りで 楽しいです。





そもそも現代アートは
愛知トリエンナーレが問題になっています。
過激な内容で 特に右翼から攻撃されたようですね。

少女像もさることながら
天皇の写真を焼いて灰にしたものを足で踏みつけるという作品が 一番よくなかったみたい。

少女像は 韓国との問題がとてもナイーブな状況の中での展示になったので
やはり タイミングが相当悪かったなと。

私は個人的に現代アートが好きなほうなのですが
現代アートの中には かなり えげつないものも 当たり前に存在しています。

中でも 衝撃だったのは
1995年 ダミアン・ハーストという 作家が
牛の親子を真っ二つ縦に切断してホルマリン漬けにした展示。
鑑賞者は その切断された 真ん中を通って鑑賞します。


うわ、気持ち悪いと思ったけれど ターナー賞という現代美術賞の中でも重要なものを受賞しました。
この時点で 現代アートもこんなところまで来たかと うんざりしました。

こういう作品が 賞を取ったということで その後これはどうなのだろう?という作品がどんどん生まれたような気もする。
作家は 自分のねじれた欲望を作品で昇華したりするから
人にとっては かなり気持ち悪く不愉快と感じるものを 作り出していく。
その作品は  私にとっては「最っ低。」と思えるものも 同じくねじれた欲望を抱えた鑑賞者にとっては
称賛に価するものになるわけで。

アートという 隠れ蓑があるから なんでもできちゃう。

だから
そもそもが 現代アートというのは なんでもあり。みたいなかんじで
作家たちは これでもか!と 既成を壊すことを 見せつけるということをさんざんしてきた。

それにしても
愛知トリエンナーレは 問題のある展示が 過去にもあるようで
2016年には 小鳥を使った展示が 愛鳥家にものすごい反発を食らったようです。

アートという 名前の元に 残虐なことが 大義名分を得て行える。
そういう 紙一重の世界でもあります。

紙一重と言えば 政治なんて とっくにその一重を大きく逸脱して
やってはいけない領域にまで 侵入していますが
それに関しては 大きな反論は言えないみたい。

これを停止に追い込んだ 政治的圧力も どっちもどっちかと。
えげつないものが 人の目に触れ始めた これも一つの象徴みたいに感じてなりません。