AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

ツイッター  @sayoko11
<< March 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
ことばの魔力はおそろしや
こんなのを見つけました。


 今回のピエール瀧逮捕の一報が流れた3月13日から遡ること6年前の2013年3月13日に「ピエール瀧・転落死説」が出回っていたというのだ。
 ツイッターでは「2013年3月13日にライブ中、ピエール瀧がステージから転落し、救急車で運ばれたが死亡した」という情報が流れ、ファンは騒然。「担架で運ばれていた」「流血していた」などの目撃情報も流れた。
 しかし、もちろんこれはデマ。これは石野卓球が3月12日のステージ上で、「客が3人しかいなかった、という情報を流したら面白くないか?」「もう、瀧が死んだ!でいいよ」と、いたずら情報を流してみようとお客に“軽く”呼びかけたことが発端となり、流れてしまったウソ情報だったのだ。



逮捕と同じ 3月13日というのがなんとも・・・

何気に流したウソかもしれないけど もしかしたらこの相方石野さんが無意識に未来をキャッチしてしまっていたのかもしれないし
あるいは 言葉が実態を伴って 6年後に実現しちゃったのかもしれないし。
言葉遊びは 気を付けないと。

楽しいものならいいけど こういう人をドキッとさせる類のものはいやですね。

面白半分に流れた言葉が 実態を持つこともあるのかな。


癌のサバイバーの方たちの集会に参加したとき 筑波大名誉教授の村上和雄氏が
言葉に出して 祈ることは 遺伝子に働きかけることだと おっしゃっておりましたが
たしか 村上氏は 遺伝子のスイッチをオンにする という言い方をしていらした。

日本語の言葉は まさに 言霊だから ゆめいたずらにつまらないことをつぶやいてはまずいのかな。
逆もまた真なりで
そっちが本来の使い方だけど
成りたいこと 実現したいことを つぶやけば 当然 それは実態を伴っていきますね。



楽しいことを どんどん つぶやこう。


夫からもらったもの

私の夫はとても耳が良いです。

 

たぶんそれは

若いころから お父様のお仕事の関係上 若者が手に入れることのできないような演奏会のチケットを譲り受け

足しげく演奏会に通っていたからだと思われます。

若者どころか 年齢をいった人でさえ手に入れられないような演奏会も 体験することができたらしい。

ものすごい特権。

 

超一流と言われる 指揮者や楽団 演奏者 歌い手などと接する機会が 普通ではありえないくらいの頻度であったこと。

彼らの素晴らしい技巧や天性の能力に 長年浸り続ける幸運があったから。

十代のころは 演奏会に行くこと以外に趣味がなかったというくらい。

 

上手な演奏ではなく 心を打つ、魂を揺さぶる演奏を聴き分けることが

彼は得意なのです。

 

「これは いいよ」と言われた CDや演奏会は失望したためしがありません。

 

私は 中学1年でピアノも諦めたくらいに音楽的素養がありません。

最初は いいと 言われた演奏会を聴きにいっても その本当の良さがよくわかりませんでした。

なにしろ 演奏会自体聴きに行く回数がほとんど無かったから。

何が他と比べて良いのか判断できなかったのです。

 

でも 今や しっかり鍛えられたおかげで

どういう演奏が 心を打つのかを理解できるようになりました。

私も彼に倣って 一流の演奏を何度も聴くうちに 耳が敏感になったからでしょう。

バイオリンがどこで 楽譜を間違えたのか そういうことにも気が付くようになりました。

たとえ 演奏されている曲を初めて聴いたとしても 違和感のある音があります。

その音が判断できるようになったということでしょうか。

 

どんなことも 一流を経験しろと言いますよね。

宝石でも着物でも 一流のものを数多く見ることで本物が分かるようになる。

それは バレエとか 舞踏でも同じでしょう。

 

私は 「目」が優位な人間なので

聴覚よりも視覚からの情報が得意でした。

学校の授業でも 先生の話を聞いただけではなかなか記憶できない。

けれど それを文字にしていくと それを記憶することが得意。というように。

「見る」ことには貪欲だったので 絵画も宝石も着物も美しいものは機会あれば見る!のが趣味でした。

 

なので 「耳」を鍛えることがなかったのですが

夫と出会ったおかげで 「耳」も鍛えてもらえました。

 

夫の「耳」は 音楽だけではありません。

姿が見えない 声だけの人物評価がかなり的確なのにも驚かされます。

声だけで その人がどんな性格をしているのかを言い当てるのです。

 

すごい。

 

私は仕事上 人の「顔」を見て その人の情報を 肉体レベルだけでなく深層レベルで引き出すのは

けっこうできるのですが。

声は分からない。

 

誰しも 得意分野がありますね。

 

夫の「耳」は 彼のお父様が彼に与えた 素晴らしいプレゼントだなあ。と

つくづく感じます。

 

そして そのプレゼントは 夫を通じて 夫が教えるこどもたちにも引き継がれていくといいなあ。

 

 

 

 

 

魂に刻まれたもの

以前にもちょこっと書いたことですが

 

十代になってから大学1年生くらいまで

肋間神経痛がひどかったんですね。

 

ずきっと 一撃の痛みが来ると 持っているものを取り落としてしまうくらい。

あまりの突発的な激しい痛みに 病院に行きました。

病院では 「たぶん肋間神経痛です」と診断されたのですが

 

その後

前世療法を受けたことがありまして

退行催眠的なものをかけられて 自分の前世にさかのぼるということをやったら

 

ある光景がはっきりと見えてきたのです。

あばらにナイフを突き立てられた瞬間の光景でした。

周囲の風景は中東だったなあ。

私はその時 男性で 少年が私のあばらの隙間に ナイフを突き立てていました。

 

「ああ、この瞬間の衝撃だったのか」

と 不思議に納得しまして

そのあと もっと不思議だったのは それ以降肋間神経痛がすっかり姿を消したことでした。

 

心理療法ではよくあることなんです。

原因不明の痛みや不調が前世からの魂の刷り込みだった。ということは。

論理的ではありませんし 証拠もなにもあったものじゃないので確かめようがありません。

けれど 前世を知ることで 自分の不調が軽くなったり消えたりすることは実際にあります。

 

その時の 肉体の衝撃を魂が刻んでいたのだなあと

ひどく感心した出来事でした。

 

 

そしてね

肉体面だけでなく 実は精神的にもその時の感覚が刻まれていたのに気がついちゃったのです。

 

少年にナイフで刺されるなんて

どれだけ あこぎなことをやらかしていたのでしょうか、当時の私は。

商人のようないでたちでしたから おそらく金に汚いひどいことをしていたのでしょう。

少年の親を追い込んだのかもしれません。

 

今世の私は 「金を稼ぐ」ということに どうしても積極的になれないのです。

何故だか 妙な罪悪感を感じてしまう。

 

それなのに 自分の化粧品を製造したいがために 会社を興してしまった。

となるとその商品を売らないといけない。

だけど どうしても「売る」ということにブレーキがかかってしまうのです。

会社を興した当初から たくさん売れなくていい。と本気で思っていました。

 

会社を興すときに ある占い師さんにみてもらったことがあったのですが

「あなたは まったく商売に向かない」と言われ

そのほかの人にも

「やめたほうがいい。うまくいかないから」

と言われ

それでも 化粧品を商品化したくて会社を作ってしまったのですね。

 

その時に開き直ったことは

そんなに会社経営が自分に向かないなら それでもいい。

自分に偽りなく楽しく運営すれば きっとお金は後からついてくるに違いない。という妙な確信。

非常に楽観的な気持ちでやってきました。

 

私は経営手腕がありません。(;´・ω・)

経営者としては 将来の展望を描けないし 経費の計算も出来ないし

だめだめです。

だから店を拡大するとか もっと業績自体を大きくするとか そういうことに全く興味を持てませんでした。

けれども 職人気質なので 努力して知識や技を磨いていくということには

興味がつきません。

それに関しては 「もっともっと!」という貪欲な気持ちになれます。

 

商売には向かないけれど 楽しい仕事をしてきた。という満足感はありますので

幸せだったと言えます。

 

 

何を言いたいかと言うと

お金を稼ぐということに どうしても積極的になれずに、いまだになんとなく罪悪感を感じるのは

前世で少年に 刺されたということが 魂に刻まれているんじゃないかと

今やっと 気がついちゃったということです。

前世であくどい金稼ぎをしたに違いない。

 

こんな人生の終わりに近いところで 気がついてどうするんだ。

ということですが

私的には 自分の価値観の源泉が見つかって 面白い!と思ってしまいました。

 

 

 

個人のアップグレード

個人的に自分を取り巻く世界がアップグレードされるとき

つまり自分の周囲の次元が ちょこっとずれて変わるとき

 

 

かなりの頻度でポカをやりますね。

 

 

ポカのほかにも

人間関係でも変化がありがちで

理由もなく 人がなんとなく離れていくとか

友人と波長が合わなくなるとか

 

これは 自分の波長が変化するから 今までのような付き合いがつらくなるからだと思いますが

 

ポカの場合は

普段やらないようなポカをやります。

忘れものするとか

失くしものするとか

乗り間違いするとか

つまらない失態をするとか

 

頭のねじがいくつかとんじゃったんじゃないだろうか?

と不安になるくらい。

 

でも

私は知っている。

人生で そういうことが何度かあったから。

 

そういう場合は

自分の次元がずれて 上方にアップグレードされるときだと。

 

しばし

ポカをやったり

人が離れていって 寂しい思いをしたりしたあと

状況が 一気に開けて 新しい世界が広がる。

新しい人間関係も構築されるし

全く新しい人生の展開があった。

 

 

今年早々

私の身に それが起こっています。

どれだけ 失くしものするんだ!

いいかげんにしろ わたし、って。

 

たぶん 神経が緩んでいるということじゃないかと。

筋肉は緩むけど 神経はなかなか緩まない。

その張りつめてきた神経が ゆるんと緩むので 今までにはなかったようなポカをやる。

緩むというのは すごいことで

ものすごい力を発揮する直前というのは リラックスして力を抜かないと発揮できないように

これから 今までにないような力を発揮する直前だから 神経が緩んでいるのだと

私は解釈してきました。

 

さて

私は どう変化していくのでしょう。

ものすごく楽しみです。

ただの老化だったりして。(笑)

だとしたらお笑い草ですが

それも楽しいかも。

 

不思議なことに 身近に こういうポカをやってる人がけっこういます。

なんか集団で ずるっと世界がアップグレードされるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

成熟に向かう過程の ポカ

人は亡くなるまで 成熟に向かって進んでいくものだと思うのです。

 

明日の自分は 今日の自分よりも より楽な より幸せな自分へと。

 

生きていく過程で いつのまにか抱えこんでしまった

思い込みや 自分の中の常識と勘違いしてしまったもの そうあらねばならないという強い囚われ

 

 

何かのきっかけで

自分の人生のタイミングがうまく合致すると

一気に自分を 捉えていた思い込みや 囲い込みを手放すことが出来るときがあります。

まさに 自分が進化変身して 新しい自分に脱皮するときですね。

 

頭ではわかっていても

「手放す」ということが 身体まで落ちることはなかなかありません。

 

どんな人も 手放したらもっと楽になる というものを持っていると思うのですが

それに気がつくことも 難しかったり

手放さなければいけないものを 常に意識していたとしても どうやって手放せばいいのか分からいから

いつまでも その思い込みや囲い込みを 身体の奥底にしまってしまいがち。

 

うまい具合に 手放している時は

昨日までの自分とは 違う自分に進化する過程で

いろんな ポカをやる。

 

普段はやらないような つまらない間違いをやるとか

いろんなものを失くすとか

 

心と身体が 何かを手放すために 解放されるから

同時に 心と身体が緩んで

ポカをやる。

 

そういうことって ありませんか。

 

なんでこんなに たくさんの失態をするんだろう?

と 気がつくときは

奥底に抱えていた 何かを 手放そうとできてるときかもしれない。

 

私はこんな年になって

まだ 手放すものがあったらしく

あるきっかけで そこから突然解放されたのですが

ポカやりまくってます。

緩んだんだね〜。

と 自分を褒めてあげたい。

 

ポカもよし。

ポカをやる 自分も よし。

 

 

光りと闇の激しすぎる人
温厚で人気の高校教諭が 裏の部活で暴力の限りを尽くしていたというニュース。

今回は暴力なので 違う話だとは思うのですが

私が 児童暴力防止トレーニングセンターというところのスタッフとして
動いていたとき
児童への性虐待や 自分の娘への性虐待を犯していた人間の
表の顔は ほとんどの人が 「聖人」でした。

あんな素晴らしい人はいない
とても紳士
温厚で信頼にあつい人

そんな風な評判でした。

中には ボランティアとして学校に入り
温厚で親切なおじちゃんが 想像を絶する気持ちの悪い行為をしていたという事例もあります。
あまりな行為で 新聞にも載せることはできなかった。
そんな事例をたくさん経験しました。



人はどんな人間も 自分の中に 闇の部分を持っているでしょう。
その闇を抱えて どうそれを落ち着かせるか どう受け入れるか
「理性」という人間ならではのものを成長させて 成熟に向かうものだと思いますが

闇を思う存分 発露させている人は
反対に聖人でありつづけられるのかもしれません。

表の顔で 「素晴らしい人だ」という印象があったとしても
その裏で とんでもない行為を犯していたとしたら
「魔がさしたのか」とか 周囲の人は感じるかもしれませんが
それは違います。
表も裏も自分そのものですから
裏の顔にもその当人の全責任があります。

自分の闇を抑えられない人間は 大変醜いと思います。

ハロウィン狂騒曲
すっかりハロウィンが定着しました。
外からの文化をなんでもかんでも 融合する日本ならではの現象でしょうか。

ゾンビや死人やおどろおどろしい扮装をすることは どうなんだろう。
それだけで自分の周波数を落とすことにはならないのだろうか。

仮装だけならいいけど
その上で 頬に傷をつけたり血を流したり


人気絶頂の マイケル・ジャクソンが「スリラー」を出して
その人気が不動のものになりましたが
当時 マイケルは ゾンビを深く追求しすぎてこわだりすぎて
そこから精神を壊していったとも言われています。


ゾンビを模すことで 自分の周波数も落ちる・・かもしれない。
周波数を落とした若者が大挙して 渋谷に押し寄せる
渋谷と言う土地が 一時的に周波数が落ちるのも無理はないから
犯罪が起きるのも 想像できます。


かなり以前に 私はビビアン・ウェストウッドが好きで
髑髏模様のものを身に着ける懸念があったのか
心の声が「髑髏はやめておこう」と聞こえてやめたことがあります。

身に着けるものって 大事なんだね。って。

ハロウィンの仕掛け人が誰なのか分からないけど
すっかり踊らされて 流れにのって
渋谷に押し寄せて 喧噪の中 大騒ぎする人たちと
流れに乗らない人と

仮装は楽しいから いいと思う。
私も仮装パーティには参加したことがあるから 楽しいのは分かる。

血だらけの仮装は やめたほうがいいと思います。


歌舞伎役者だって お岩さんを演るときは
お岩神社にお参りに行くんだから。

乗り移られちゃうんだろう
ああいう格好をすると。



多重レイヤーの世界

世界は多重のレイヤーで出来ていると 個人的確信的に認識しています。

つまり 何層もの世界が並行していて いつでもずれることが出来るということ。

 

自分に起きる出来事を すべて他人のせいだとか 社会のせいにしていると

どんどん所属するレイヤーが下層に移動していくように感じます。

下層に移動すると ますます面白くないことが起きる。

 

反対に

どんな出来事にも意味づけをして そこから何を学ぶか どう自分を変えていくかを常に意識していると

どんどん所属するレイヤーが上層にずれていく。

今まで出会わないような人間と縁が出来たり 楽しい出来事が増えていく。

 

自分に起きる出来事に それが良いか悪いかを色付しているのは自分自身だから

どんな不幸も 意味づけすることで 自分へのプレゼントになるはず。

 

だからこそ 不愉快な出来事は 後のお楽しみだと思って

何がこの先起きるんだろう?とワクワクします。
 

これはいろいろな方が 様々な言い方で語っておられますから

そうだよね。と賛同する方もたくさんいらっしゃると思います。

 

 

現在地球は大変なことになっています。

上層大気層の熱圏が 異常冷却化してる? なんじゃそりゃ。

世界のあちこちで 激烈な気象ですが さらにそれが加速するということでしょうか。

 

地球がデリケートな状態だからか 分かりませんが

どうも 世界的レベルで 個々人のレイヤーがずれまくっているような気がしてなりません。

 

レイヤーが とんでもなく上層にずれるときは

とてつもないポカをやる。

考えられない間違いを犯す。

頭がぼーっとして 空白の時間がある。

愉快でないことが次々起きる。

 

なあんてことが起きる。ということが私の体験上ありました。

 

しかし 

そんなふうに 自分をちょっと信じられなくなるような状況の後は

周囲が大変化して とっても面白い人と出会って人生が変わったり

いきなり状況が変化して 物事がするする動いていくとか

想像しなかったようなことが起きる世界に移行しているときなんですね。

 

なるべく 人生を楽しもう!と

意欲を持って生きている人は

これから どんどんずれていくんじゃ?

 

 

ストレスを他人に向けると

自分自身への強い抑圧を受けている人は

自分より弱いものに その抑圧パワーを向けて 自分の気持ちを昇華しようとしがちです。

底知れない深いコンプレックスを持っている人は そのぶつけ方もひどいものになる。

 

事実他への パワハラはその瞬間は気持ち良いものかもしれません。

 

子ども同士のいじめの場合は

ほとんどが いじめる側の子どもに強い抑圧があるので

それを見極めない限り いじめは決してなくなりませんね。

いじめられる子どもに問題があるわけではない。

 

大人はもっと 陰湿です。

自分が気に入らない人への 嫌がらせをいろいろな形でやってみせますから。

親切に見せるやり方とか

非難されないようなやり方とか

あからさまに 自分の立場を使ってパワハラも

 

今までは

そういうことをやる人に

権力や名誉や地位があったりすると やられる側は何もできず我慢してやり過ごすか

逃げるかしかできなかったかもしれません。

これからは違います。

 

人のエネルギーを奪って 自分の溜飲を下げるタイプの人は

自分自身のイライラした 心の不安定さは

どんなことをやっても解消されないでしょう。

何をやっても 心が安定しないのは どんなに苦しいでしょう。

その不安定さを 更に激しく他にぶつけるようになるでしょう。

それは あからさまな行為になるので

第三者が容易に気がつくことになってしまう。

 

第三者が容易に気がつくような ひどい行為であるにもかかわらず

自分の心は決して 晴れない。

もはや 地獄。

 

現在 理不尽な抑圧パワーを自分に向けられている人がいたら

相手は地獄の中にいる。

冷たい目で相手を観察しましょう。

同じ土俵に立って 悲しんだり苦しんだりするのはものすごく損です。

特に激しく人を非難する人は 心の動揺をその目の中に認められるようになっているはず。

 

歪んだ抑圧を 昇華できなくなった人は

どうなっていくでしょう。

もう 分かりますね。

 

これからは どんなものもあまくないでしょう。

激烈な反応が自分自身に返る時代。

 

 

 

 

 

本格的な変化は違和感とともに?

世の中が大きく変化する兆しがあちこちに見えてきましたね。

国際情勢などは 相変わらず 本当のことは何も公表されませんが。

 

政治も経済もすべてが どっかーーーんと 大きく変化していきそうな・・

 

個人レベルでも 世の中の変化に合わせて どんどん変わってきていませんか。

その変化は ちょっとした違和感や ちょっとばかり愉快でないことなどもあるかもしれません。

 

いきなり仕事を辞めさせられたとか

彼氏や彼女からふられたとか

誰かに理不尽ないちゃもんつけられたとか

何かに幻滅したとか

いつもと同じようにしているのに なんだか妙にうまくいかないとか

 

違和感 あるいは 不満足感 呆然自失(?)とかもあるかもしれない

 

そんなふうに

いつもと違うことが あるときは

きっと 本格的に自分の世界が変化していく兆しだと思います。

 

何故なら そういう時は 思い切り次元がずれているときだから。

ほら 大雨だったり雷だったり大風だったり あちこちで大騒ぎじゃないですか。

それに伴う災害は本当に辛いですけれど。

 

これからは

巨大な組織の ずるいことや汚いことが 隠されていつまでも見えてこなかったり

たとえ人の死に関わるような事件があっても 今までは政治や権力の力でもみ消されてきたことが

全部見えてくるようになるでしょうね。

 

あっちこっちで がんがんずれてきているから

違和感あることが目白押しになりそうな気配。

 

愉快でないことが起きても

かなしいことが起きても

つまらないことが起きても

その現実が起きたからこそ 見てなかったものが見えて 感じなかったことが感じるようになるから

自分の人生は 今までと違う方向に進むのだ!と

強く心に思えば

ますます 楽に生きられるようになる

と わがままに確信しています。

 

あなたは うんとこれから楽になる。

誠実に 自分の良心に正直に生きてきたなら。

 

 

そうでない人は

どんどん 自己崩壊しちゃうでしょう。

何をやっても イライラして 不幸で 満足しなくて うまくいかなくなって

心や体が壊れていっちゃうかも。

 

壊れちゃっている気配の人が 増えていますものね。

そういう人は もはや誰にも救えないから

生暖かい目で 見ていたらいいんじゃないでしょうか。

 

正直で要領悪くて 世間とうまく調和できなかった人にとっての

楽ー(らくー)な世の中が やっとやってくる。

 

気象も含めた 激変していくあらゆるものの中で 

自分の心はいつも安定して 幸福感がいっぱいでいられるような世界に。