AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

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泣き女
友人が亡くなりました。

ご家族は 家族葬をするから それ以外の方はご遠慮くださいとおっしゃる。
さらに 家にいらっしゃるのもご遠慮いただきたい、との意向。

こういう場合
遺されたものは 故人にどうやって今までの感謝の念とか 現世での別れという
けじめをつけたらいいのだろう。
切ない・・・

今まで 葬儀というものは
亡くなった本人のため というよりも 遺された家族や友人のためのもの
という意識を持っていた。
故人が もうこの世の肉体界にはいない、という自覚を持つためのけじめだと。



連絡網を流していたら
風水を勉強している友人から指摘を受けた。

風水では 故人の魂を骨から剥がしてあげないとだめだという。
日本では火葬が一般的なので 荼毘に付す前に
骨から魂を剥がしてあげる必要がある。
そうでないと 骨が魂を記憶して 魂が自由でなくなる。
家族葬というひっそりとしたものだけだと 魂を剥がすことにはなりにくい。

「泣き女」というものは そのための儀式の一環でもあった。
だから
私たち友人も 彼女の魂のために
追悼をして 涙を流したり 彼女の思い出を語らなければ!

それを受けて
お別れをしたいと思う人たちが集まり
荼毘に付される前に 急きょ追悼のつどいをした。

彼女の空席を囲んで
みんなで 彼女を語り 涙を流すという集まり。


葬儀というのは
遺されたもののためだけではく
みんなが泣いたり 彼女を語ることで
亡くなった個人に 「あなたは死んだんだよ。」ということを自覚させる儀式でもあったのか・・・

長く患って亡くなったわけでなく
本当に急に逝ってしまったから
本人は きっと戸惑っているだろう。
なんとなく あやふやな感じで みんなに会いにきてくれているという感覚がある。
私 どうすればいいんだろう・・・という感じ。


彼女が大好きだった レストランで
彼女が愛した食べ物を食べ
店の常連の彼女のために お店の人が特別のカクテルも 彼女に作ってくれた
涙を流し 彼女の空席に向かって冗談を言い
みんなで「あなたがいてくれて ありがとう」と言い
彼女がどんなに大きな存在だったかを みんなで確認した。


そんなふうに
私たちだけでなく そのほかの 彼女を愛する友人が
彼女と ちゃんとお別れと感謝を伝えたいと 思うことで
ご家族が 告別式を開催してくださるという流れになった。
みんなが来れるように。と。

この流れに感謝。

彼女の肉体にも お別れを告げる機会を与えてもらった。

本当に 今まで こちらの世界で ありがとう。
これからは アストラルの世界で 一緒にいてね。




「ある」ものが「無い」とき
いつもそこにあるものが 見当たらない。

そこに置いたはずなのに どこにもない。


こんなことが 続けざまに起きるときというのは
私の場合
自分の次元がずれているとき。


探している「もの」が まるで 次元pocketに入りこんでしまったみたいに
見当たらない。


そして 以外なところから 出てきたり。
「そこ 探したはずなのに」という ところから 再び出現したり。

身の回りの「もの」たちが 次々と姿を消して
いつもの場所から 消えた時は

たぶん
自分の次元がずれて 違うところにいってしまったせい。


ずれるときというのは
たいがい 自分にとって「楽しい」あるいは「期待した」世界にずれているとき。
と 私は解釈しています。


私は 来年 一つの大きな節目を迎えるつもりでいます。
これは けっこう 長い間かけてもくろんできたことで
それに向けて現在ものすごく楽しい準備を着々と進めているところなのですが
そんなときに
こういうふうに 身近な「もの」たち けっこう大事な「もの」たちが
かくれんぼしてくれると
「まったく、もう!」と イライラしたりはせずに
「かくれんぼしちゃってるのねー。どこにいるのかなー。いつ 出てきてくれるのかなー。」
って けっこう楽しい気持ちになります。

ものすごく切実なものが姿を消すこともあるのですが
きっとそれは 今必要ないということなのだろう、とか
それ以外の物を代用しなさいということなのだろう、とか
それの代替え品を入手するために 何かしら動いたほうがいいのだろうな、とか
そのように 身勝手に解釈します。
代替え品を入手するために奔走したりすると その過程で思わぬ複産物をもらったりするからです。
そしてその副産物は 実はとても希求していたものだったり。ってね。

今日は朝から いろんなものが姿を消している。
来年のあることを実現するために
自分自身を次元移動させているんだな。
と ひどく楽観的に構えているところ。

一つだけでなく いくつかのものたちが姿を消すと 楽しくって うれしくってしかたがありません。

「望む方向に 未来を創っているんだな!」

と 自覚できるから。


自らの次元操作能力が高いと
家族の物まで 消失させることもある。
家族の物が無くなる時も 私はすごく楽しくなっちゃうわけです。

おお!
大規模にずれてる〜。
なんて。


毎日 楽しくってしかたないのですが
そんなわけで ここ数日 ますます楽しくってしかたない。

運命の人
「運命の人」というのは
自分を劇的に変化させてくれる人。と私は個人的にとらえています。


その人と出会うことで 今まで味わったことのなかった 安心感とか幸福感を感じることが出来た!
というのであれば それはよかったね。ですが

その人と出会うことで ものすごくつらかったり苦しかったり
今までに経験したことのないような 挫折感とか絶望感とか そういうネガティブな感情を感じることというのも
ある意味では よかったね。ということだと思うのです。

なぜなら
人間が成長するときというのは
成功体験もさることながら 大きな挫折感とか絶望感によって
自分の知らない側面に光を当てることが出来ると思うし
これじゃいけない!って
自分を鼓舞したり 自分の内省をして 自分を変えようとしたり
もんどりうって 努力するものではないでしょうか。

ですので

そういう自分の変化の きっかけになってくれる人というのは
あながち 自分にとっての「良い人」ではなく
自分にとっての「なんで 出会ったんだろう?」と思うような苦しい人だったりする。

私も出会いました。

ものすごく苦しい人に。


その人のお陰で 涙を流し 絶望し 死ぬことを考えたりしましたが
今の自分があるのは まさに その体験があったからこそ。


苦しい出会いが 何回も続き
毎回同じような感情に落ち込む。という体験を続けている人がいるとしたら
それは たぶん
「運命の人」だという自覚がないから。
この人によって 自分は苦しみながらも成長するのだろう、という 覚悟がないと
何回も 同じようなタイプの人に出会うことになるんじゃないかなあ。


今回の出会いは 失敗だった。
私にとっての「運命の人」は まだ出会えていない。
なんて
思い込んでいたとしたら
その 苦しい感情のループは 終わらないかもしれない。


苦しい「運命の人」に 出会えて 本当に良かった。
自分が変わったのも 成長したのも その人のお陰だわ。
と 思えたとしたら

そのループから 抜け出して
全く違う タイプの人に出会えるようになるのかも。


結局
なんでも どんなことでも
貪欲に そこから 何かしらを吸収して 自分の糧にしようという
意志の力があれば
運命は 楽しい方向に開けていく

「意味づけ」への「意志」


これが 明るい未来への 最大のエネルギーだと
思うわけであります。







増上寺のサツキの気合
芝の増上寺


日に三回の行がありますが
お昼は 11時半から。この時間は誰でも入れます。

本堂では お坊さんたちのお経の声が綺麗に響きます。

ここは すきっと気持ち良い 空間で
個人的には 築地本願寺よりもずっと好きです。

お坊さんたちの声が すがすがしく響くんです。


その境内にあった サツキのお花なのですけど

ほかの場所のは 満開でしたが こちらの株は みいいんな つぼみ。

全部つぼみの状態のサツキって なんか初めて見た。

せいぜい一輪とか二輪とかは 咲いてるものじゃない?

これ全部 つぼみ。
しかも みんな くっきり 上を向いて しゃきっと!してるところが
なんか健気で・・・・・


ついつい写真を撮ってしまいました。



新しい考え方の人
この方は 本当に面白い方だと思う。

キングコング西野さん「お金の奴隷解放宣言」
http://lineblog.me/nishino/archives/9256089.html


絵本の描き方も新しいし
その絵本を無料公開して みんな「読んで!」って。

無料公開したことで 中身を知って 買ってくれる人が増えているという。



新しいですね。


こういう考え方をする人がどんどん これから増えていくのでしょうね。


お金を貯めるために働くとか。
贅沢をするために お金が欲しいとか。

もう すでにその段階で奴隷状態。


お金は 何かを実現するための手段だから
やりたいことが決まれば それを実行するためのお金は 必ず手に入ることになっているのに。

「お金」そのものを目的にするなんて 馬鹿げている。

お金の意識から解放されると お金は自分の中で自由になって
むしろ 「私の意志」で動いていく。

それを こんなふうに あっけらかんと 言及してくれると 潔い。



この絵本 さすが プロたちがたくさん手助けして仕上げただけあって
とても綺麗な絵。

確かにこれを見たら お母さんは こどものために買うかもしれない。




全惑星順行!!

8日から すべての惑星が順行するという。


逆行すると 物事が うまく進みにくくなったりするらしいけれど
順行になると その反対で 物事がすんなり進んでいく。


確かに経験でも 惑星が逆行していると なんだかうまくいかないことや
意思疎通がちぐはぐになったり
そんなことがありがちです。

しかも すべての惑星が順行!!!!

これはもう いろんなことが 驚くほど 進むということですか?


しかも この順行の期間は 8日から 一か月ほどもあるので
この チャンスを見逃すことはないですね。

やったあ。

どんどんいろんな企画を進めてみようじゃないの。


これは天からの お年玉のようなものかも。

この期間は奇跡も起きるというので
どんな無茶なことも うまくいくかもしれませんね。

この一か月の間に この一年の大まかな計画を立ててしまえばいいのかしら。
あるいは
この一年でやろうとしていることを この一か月に凝縮してやってしまえばいいのかしら。
何かを始めようとしていたら この期間に始めればいいのかしら。


いずれにせよ
わくわくする出来事にちがいないです。

年明け
あんまり楽しいニュースもない
世界がざわついている中で
一番 楽しい ニュースでは?






 

2017年
明けましておめでとうございます。

昨夜の空は 月と 輝く金星がすごかったですね。





驚くほど 金星が大きく明るく 月に寄り添っていました。



さらに 今日 1月3日の夕方からは
火星も 近くに。




石井ゆかりさんによれば 今週は
「過去に解けなかった 謎が解ける」
「少し後に戻ったり、立ち止まったりして、見過ごされていたものにちゃんとつきあう」


という週だそうです。

新しい年の始まりですが 少しだけ過去に思いを寄せる。という週なのですね。


毎年恒例 大好きな深川不動で 太鼓と炎にエキサイトさせてもらい
私は 昨年からの課題に 今後も取り組むぞ!という 決意を新たにいたしました。


護摩を見ながら やっぱり空海ってすごいな、なんて感動しつつ。。。。


今年も よろしくお願い致します。









あと2年
この15年 ほどになるだろうか。

私の中に 確信的な夢があり それに向かってわくわくしながら生きてきたことがあります。


「60歳で 私は私が考えてきた理想の人間になれる」という夢

なぜ60という年齢を考えたのか 分かりません。
60という年齢は 考えたのではなく浮かんできました。


なりたい自分。

具体的に いろいろありますが
それは恥ずかしいから 公表しない。

たくさんの具体的理想像を ある程度 自分が納得できるところまで実現できるときが
60歳。


そう思いながらの15年でした。


だから あと2年。

理想像といっても 人間は日々成熟に向かうわけですから
60を 越しても よりよい明日に向かって 努力を続けることになりますが
とりあえずの 人生の目標は 60.


一番好きな自分になるときのはず。
そう思って
なんやらかんやら やってきました。

体力は確実に落ちてきていますし
それに伴って 気力も少しずつ落ちているのは間違いありません。

けれど
充実感は 年々増しています。
楽しいと思う気持ちや 感謝したいと思う気持ちも どんどん増している。
たぶん
体力や気力が落ちているからこそ 一瞬の充実感や幸福感を若いとき以上に感じることが
出来ているのかもしれません。

だから
私は老いていますが 幸せです。

そして 2年後
私の人生のピークがくるはず!!!! そう信じている。
ピークというと あとは下がるばかりだけど
そのピークを ずっとそれからもキープしつづけて 努力を重ねるつもりです。

悲しいことに 私は相当な「生真面目」で
かなりそれで苦しいことになってきたのですが
老いてきて かなりそれが溶解しつつある。はず。

生真面目な部分は 若いとつらいけど こんな風に老いてくると
生真面目に努力を続けることは けっこう いいんじゃないか?と思うわけ。

その生真面目さが 毎日のルーティンを生み出していて
今の私を作り上げていますので。


「生真面目」を放り投げたいと思っている同志のみなさん。
その生真面目さが 年齢を重ねると役に立ちますよ!
生真面目でも 緩めることを知ってさえいれば大丈夫。
私は 自分の理想像に向かって ますます上手に緩めながら 楽しく生きていくこと
さらに 自分の体調も 最高のところにもっていけるよう わくわくしながら生きることを
この場でも宣言します。


あはは。

2016年という なんだか ものすごく騒がしい年の12月に
宣言できてよかった。

口に出す
紙に書く
みんなに宣言する

これが ものすごい次元操作力を生み出すから。












自分の次元操作
自分の現在を 希望通りに動かす方法。


「〜であるといいな」という 思いを持つということは
もちろん大事です。
「〜なる。」ということを信じることも。


それを 外に表出すると もっと現実化が早くなるようです。

人に話す。
日記に書く。
次元操作ノート(?)に書きこむ。


一番すごかったと思うのは

会社を立ち上げたとき
最初は 化粧品の製造販売のみでしたが

立ち上げの「定款」を書く際

こういうこともやってみたいな。
という ものを全部書きこんでみた。


そうしたら
公文書に書きこむって すごい。

全部 実現しちゃいました。

その中の少しを書いてみると
○本を出版する
○サロンの開設

とか。

実は まだまだ ありますが。



まるで現実的でなかったことでさえ すべて 現在実現してしまいました。



自分の希望通りに 次元を操作することって
実は けっこう簡単かもしれない。


定款には書かなかったけれど
サロンを開設するのは ある目的もあったからなのですが
それも実現している。
ここには書かないけど。

今年は さらに その希望が どんどん実現する始まりの年になりました。

私の 〜なったら楽しい。 という思いは
これからますます広がります。

サロンに来て下さる人
化粧品を使って下さる人
その人たちと 繋がって 次のステージに!

そのスタートを自覚して。
今日は私の誕生日。


太陽が暗くなって さらに

太陽が暗くなっているのに 気温が上がっていました。
そして今夜から 東京は雪になるという。


世界中で 気温が変動しているようです。
暑くなったり 寒くなったり。

太陽のコロナホールも ものすごい大きさになっている。


アフリカのナイジェリアでは 雹嵐とな。



私はちょくちょく 太陽を直視しているのですが
(あまり お薦めはできないけど)

今の太陽は 中心が完全に 青(みどりっぽい)になっているのが分かります。



「青い太陽」


に なっていくのだろうか。


こんなふうに なんとなく昼間が暗くなって
気温の差が 激変してくると
気持ちが不安になりがちです。


こういうのに乗じて 人の不安を煽るものが ネットなどで出始めます。


この 暗い太陽は そのうち 終わる。

あと 数週間か・・・・・ そのくらいで。