AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

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誰よりも自分を信じ そして疑え
映画「新聞記者」の中で
主人公の自宅の机の前に貼られていた言葉ですが

これは まさしく私の人生のスローガンでもあります。


幼いころから 人には見えないものが見えたり 感じたりすること。
これは 自分の脳の一部が壊れているからかもしれないという
恐怖を感じて生きてきました。
自分の感覚を全否定していたわけです。
当然 自分の経験を親にも話したことはありません。

長じて シャーリー・マクレーンや ユング心理学や 
江原さんのおかげで そのような霊的なものが なんとなく市民権を得るようになってから
私も「ここにいていいんだ」という 自分を受け入れられる状況になりました。

ですので
私は自分を信じていい。だけど 同時にずっと疑い続けなければいけない。

そう 肝に銘じて生きてきたのです。

自分を信じられなということはとてもつらいことです。
自信が持てないわけだから。

人はみな いろんな特徴をもって生まれてくるから
周りの人と違うところがあっても 本当は全然おっけーなのに
平均から逸脱すると いじめられたり 押さえつけられたり
それでますます 自分を受け入れることが難しくなってしまうと
幸せから 遠のいてしまします。

どんなことも まずは 自分がまるごと受け入れるしかない。
そのうえで 何故逸脱しているのか しっかり内省すればいい。
私は内省期間が すごく長くて 開き直るまでに時間がかかりましたが
おかげで 私のこどもには 平均の押し付けをしないですみました。
変わっていて当たり前。むしろ個性的じゃん。
 
だから お母さんたち
あなたのこどもが 平均でなくても まるごと「それでいい」って
言ってあげてくださいね。
私も 素直に幼いころに母親に話して そう言ってもらえたらどんなに楽に生きられたか。


今は だんだんそういう変な感覚と うまく共存できるようになって
しっかりスイッチを切ったりできるので 日常生活になんら不都合はありません。
むしろ 楽しいことの方が多いくらいです。

「手放す」の 最終段階でしょうか
世の中が 激烈すぎて・・・・

たった今も 関東地方で地震がありました。
9時11分 発生。

出来すぎた数字で これも人工地震なのかと思ってしまいますね。
こんな記事もあることだし。
「人工地震 原発事故 気象改変・・すべて米国の災害ビジネス」
https://tocana.jp/2018/12/post_18991_entry.html


震度4ですが 都市部は騒ぎますね。
高層ビルは 簡単にエレベーター止まりますし。


世の中が あらゆる意味で揺れている感じです。

私個人も 揺れました。
手放したはずの 自分のコンプレックスに。
まだ あったんだーーー。と 感動すら覚えるけれど。


次なる次元への 振り落としが 今後どのくらい続くのでしょう。
地球時間の 数十年なんて ほんの一瞬にもあたらないでしょう。
新しい波動に 心と体が順応するのに 時間がかかるのは嫌ですね。
早いとこ 面倒なものは手放さないと 今後揺れまくることになってしまいそう。

うわ くわばら くわばら ((+_+))


早く 落ちた波長を引き上げようっと。



次元操作能力が高いゆえに
次元操作能力とは
意のままに周りの現象を引き起こせる能力とでもいいましょうか。

誰しも 大なり小なり持ち合わせている 生来の能力の一つだと思いますが
自覚があるかないか。

「意志の力」スターウォーズでは「フォースの力」のように
言われていましたね。


簡単なものでは
いつも天気になる人。
これも 一つの次元操作でしょう。
大事な行事や旅行の時は いつも天気。
これは 天気になるのが当たり前と思っているから そうなるわけで。

自分が天候を云々できるわけがないと思い込んでいる人は
明日は雨かな 晴れかな とドキドキしないといけない。
本当は 誰でも 出来るはずなのに。


天気だけでなく
こうなればいいのに。と 思った通りに事が運ぶ人。

実は とっても次元操作能力が高いのに 自覚が無いと
自分の不安や恐怖が そのまま引き寄せられて
激烈な人生になってしまいます。


ネガティブな思考をしがちだと
どうしても 「こうなってほしくない」という方向へ自分の意識を向けてしまうので
その通りになってしまったりする。
「ほら やっぱり こんなことになってしまった」って
つまりは 自分が引き寄せてしまっているのに。


実は あなたは 次元操作能力が とても高いんですよ。

人よりも 高いゆえに ちょっと考えたり思ったりしたことが
現実化してしまうので 気をつけましょう。

ネガティブになったら その思考を すぐに捨てる癖をつけたい。

聖書にもありますよね
倫理に反することを考えるだけで罪だと。


若いと どうしても 情緒が不安定になりがちです。
なかなか 安定した気持ちになれないのは しかたないです。
まだ 経験が足りないから。

しかし
次元操作で 情緒不安定は とってもまずい。
不安定なまま 現実化されていくので。

うまくいかないと思っている人は
自分の思考パターンをしっかり振り返って 変更しましょう。

不安を心に抱いてしまったら すぐに 捨てる!という癖を。
災害に準備することとは違います。
災害に自分が出来る準備を しっかりしておくことは 絶対に不可欠ですが
準備万端で 不安を捨てる。
何とかなる。と 言い聞かせる。

だって 誰でも次元操作は出来るはずなのだから。

心に抱いた思いは 必ず実現しています。
それが 望んでいなくても。
今は ますます そういう世界になっているようです。

だから
自分の周りの環境は 自分がつくっているということになるわけです。



子どもを心配する
その子がいくつになっても 自分の子どもは 意識の中でなかなか変わりません。

私の子どもも みんなすっかり成人になりましたが
それぞれ 問題を抱えていたりすると 親としてとても気になってしまいます。

心配
まではいかなくても
大丈夫かな 
という心の小さなゆらゆらが生まれたりするのです。

病気や事故 そのほかにも 仕事のこととか 人間関係とか。
人間の人生には 自分も含めて 山ほどいろいろな選択の場がありますから
子どもだって たくさんの課題に突き当たるのは当たり前です。

大丈夫かなという 小さなゆらゆらは
親であったら 当たり前の感情なのかもしれませんが
それは突き詰めれば
子どもの可能性や 生きる力を 信じ切っていないということでもある。
さらには 子どもの後ろに控えてくださっている 守護霊さんを信じ切っていないということでも。
と考えてしまいました。

大丈夫かな。という 念を送るくらいだったら
あなたは絶対大丈夫よ。という念を送ったほうがうんといいですね。

自分に置き換えたって そう思います。
てか そのように思ってもらいたかったと 心底思います。

それは 自分の子どもに限らず
どんな人にとっても
「あなたは 大丈夫よ」といって送った念は きっととても大きな元気玉のエネルギーに
なるに違いありません。

たくさんの人生勉強をさせてもらったので
自分自身に関しては 結構楽天的に 「絶対になんとかなる」
という 理由のない自信があります。

それは
これから先も 何かあるに違いないけど
何かあっても おそらく それもなんとかなるだろう。
受け入れるのか 乗り越えるのか わからないけど
だから こわくないぞ。
という 自分への信頼です。

自分の子どもは いつまでも 幼いころのその子を連想してしまいます。

でも 彼らも それぞれに大変な人生を しっかり生きて
成熟に向かっているのだから
一抹の迷いもなく 信じてあげたい。
そんなふうに思った 今日この頃です。




乱世にうってつけ
人間には 平時人間と有事人間がいるらしいです。

平時とは 何事もなく平和で安定した状態
有事とは 事故とか災害とか 予測が難しい混沌とした状態

平時人間とは 平和で安定した状況に しっかりはまって生きていける

有事人間は  安定した状況の中では はみ出しがちだけど いざ不測の事態が起きて 乱世になればものすごくアグレッシブに行動できる人 (むしろ混沌としているほど生き生きと生きていける人?)
不安定な状況に振り回されない人

自分がどちらの人間かは 判断できるそうで

20歳までに緊急の事故や財政的な危機を経験している人は有事に対応できる。

トップが 平時人間だと 大災害や大事故など想像を絶することが起きると対処できない。
ぐずぐずしている間に 事態がどんどん深刻化してしまう。


私は 幼いころから不測の事態というものを何回も経験し
青春時代は 自分だけみんなと違って不公平だと すっかりひねた若者になっていました。

若者を過ぎても 不測の事態が続き 自分の未来を予測することが困難な状況が長いこと続きました。
今では もうすっかり開き直って これが自分の持ち味だと むしろ胸を張って言えるようにはなりましたが。

この 平時人間と有事人間という区別を知って
すっかり 楽しくなりました。

今後 世の中は乱世になるでしょう。
政治も経済も混沌になりそうだし
企業は大量リストラを控え
終身雇用は無くなるし 定年まで安定した仕事なんか無くなる
仕事はAIに置き換えられて 構造自体が大変化しそうだし
仕事も下剋上が当たり前になるかもしれない
太陽活動が ミニ氷河期に入って低下していくということは
宇宙線が すごい勢いで地球に降り注ぐことになるから
何が起きるかもっとわからなくなる


ね?

正真正銘の乱世でしょう?
ということは どっから見ても 有事人間の私は アドレナリンが上がります。

今まで 人とは違う経験をしてきたのは 人生の最期の期間で 楽しむためだったのだ!
と 思えば 世の中が混沌とするほど 楽しいではないですか。
やっと私の時代が来た?

今まで 世の中になじみにくいなーと 思っていたとしたら
これからの乱世は そんなあなたのような人間が 活躍できる時代です。

どんな 不測な事態が起きても 平常心を失わないで
理性的に行動できるとしたら こんな強いことはありません。


私のこの世での使命は たぶん理解できています。

数年前 日本中を旅してまわる 不思議な占い師 羅針さんに出会い
私の未来を見てもらったら
邪魔がいくつも入るけど 最終的には目的を全うすると
言ってくれました。

ですので
どんな 邪魔が入っても 志をまっすぐに がんがん進めていけばいい。
乱世ほど 私は力が湧くはずなので
死ぬまで 楽しんで挑戦していきます。




遺体の堆肥化
なんかちょっと衝撃的な記事でした。

「人間の遺体の堆肥化を認める法案が通過 米ワシントン州」

https://www.cnn.co.jp/usa/35136075.html

抜粋します。


堆肥化については「遺体をわらや木片などの自然の材料で包む。約3〜7週間すれば微生物の活動の効果で土に変質する」と述べた。

遺族は施設を訪れ故人の遺体だった土を最終的に受け取ることも可能とし、その利用方法は遺族次第と説明。不要なら、同社が地元の保存団体と協力し、州内の土地を育てることに使われる方法もあるとした。


なるほど。
効率的かもしれない。


京都の桜があんなに美しいのは 遺体が埋まっているから。と言われていますね。
戦争でたくさんの犠牲者が出ると そこに桜を植えてきた。

吉野の桜がみごとなのも
わざわざ あそこに桜を植えたから。

梶井基次郎も「檸檬」の中でこんなふうに書いています。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」

昔それを読んだときに 大変印象に残り
京都にいる老人に聞いてみたら
「埋まってるよ」と言っていました。
遺体のあるところに桜を植えるんだけどね。って。

母が亡くなったとき
本人の希望で樹木葬になりましたが
その時は 遺体ではなく遺骨を埋めたところに母の好きな桜の苗を植えました。
遺体ほどの栄養素は無いけど カルシウムはありそうです。

「お母さんは土の中に消えて 桜になるんだね」と しみじみした覚えがあります。


私のお墓の前で泣かないでください。
私はそこにいません。


肉体が滅びると 魂は自由にアストラル世界を漂う。
魂が抜けた肉体は 土の栄養になって自然を豊かにする。
シュール。

阿蘇の噴火
池袋の老人の暴走
昨日はダンプカーの正面衝突
台湾の地震
スリランカのテロ
今朝はフィリピンの地震

すごく世の中が慌ただしい。
たくさんの人が亡くなっている。
亡くなった人・・・    遺体の堆肥化・・・


考えさせられることがいっぱい。

とりとめのない連想をしました。






ことばの魔力はおそろしや
こんなのを見つけました。


 今回のピエール瀧逮捕の一報が流れた3月13日から遡ること6年前の2013年3月13日に「ピエール瀧・転落死説」が出回っていたというのだ。
 ツイッターでは「2013年3月13日にライブ中、ピエール瀧がステージから転落し、救急車で運ばれたが死亡した」という情報が流れ、ファンは騒然。「担架で運ばれていた」「流血していた」などの目撃情報も流れた。
 しかし、もちろんこれはデマ。これは石野卓球が3月12日のステージ上で、「客が3人しかいなかった、という情報を流したら面白くないか?」「もう、瀧が死んだ!でいいよ」と、いたずら情報を流してみようとお客に“軽く”呼びかけたことが発端となり、流れてしまったウソ情報だったのだ。



逮捕と同じ 3月13日というのがなんとも・・・

何気に流したウソかもしれないけど もしかしたらこの相方石野さんが無意識に未来をキャッチしてしまっていたのかもしれないし
あるいは 言葉が実態を伴って 6年後に実現しちゃったのかもしれないし。
言葉遊びは 気を付けないと。

楽しいものならいいけど こういう人をドキッとさせる類のものはいやですね。

面白半分に流れた言葉が 実態を持つこともあるのかな。


癌のサバイバーの方たちの集会に参加したとき 筑波大名誉教授の村上和雄氏が
言葉に出して 祈ることは 遺伝子に働きかけることだと おっしゃっておりましたが
たしか 村上氏は 遺伝子のスイッチをオンにする という言い方をしていらした。

日本語の言葉は まさに 言霊だから ゆめいたずらにつまらないことをつぶやいてはまずいのかな。
逆もまた真なりで
そっちが本来の使い方だけど
成りたいこと 実現したいことを つぶやけば 当然 それは実態を伴っていきますね。



楽しいことを どんどん つぶやこう。


夫からもらったもの

私の夫はとても耳が良いです。

 

たぶんそれは

若いころから お父様のお仕事の関係上 若者が手に入れることのできないような演奏会のチケットを譲り受け

足しげく演奏会に通っていたからだと思われます。

若者どころか 年齢をいった人でさえ手に入れられないような演奏会も 体験することができたらしい。

ものすごい特権。

 

超一流と言われる 指揮者や楽団 演奏者 歌い手などと接する機会が 普通ではありえないくらいの頻度であったこと。

彼らの素晴らしい技巧や天性の能力に 長年浸り続ける幸運があったから。

十代のころは 演奏会に行くこと以外に趣味がなかったというくらい。

 

上手な演奏ではなく 心を打つ、魂を揺さぶる演奏を聴き分けることが

彼は得意なのです。

 

「これは いいよ」と言われた CDや演奏会は失望したためしがありません。

 

私は 中学1年でピアノも諦めたくらいに音楽的素養がありません。

最初は いいと 言われた演奏会を聴きにいっても その本当の良さがよくわかりませんでした。

なにしろ 演奏会自体聴きに行く回数がほとんど無かったから。

何が他と比べて良いのか判断できなかったのです。

 

でも 今や しっかり鍛えられたおかげで

どういう演奏が 心を打つのかを理解できるようになりました。

私も彼に倣って 一流の演奏を何度も聴くうちに 耳が敏感になったからでしょう。

バイオリンがどこで 楽譜を間違えたのか そういうことにも気が付くようになりました。

たとえ 演奏されている曲を初めて聴いたとしても 違和感のある音があります。

その音が判断できるようになったということでしょうか。

 

どんなことも 一流を経験しろと言いますよね。

宝石でも着物でも 一流のものを数多く見ることで本物が分かるようになる。

それは バレエとか 舞踏でも同じでしょう。

 

私は 「目」が優位な人間なので

聴覚よりも視覚からの情報が得意でした。

学校の授業でも 先生の話を聞いただけではなかなか記憶できない。

けれど それを文字にしていくと それを記憶することが得意。というように。

「見る」ことには貪欲だったので 絵画も宝石も着物も美しいものは機会あれば見る!のが趣味でした。

 

なので 「耳」を鍛えることがなかったのですが

夫と出会ったおかげで 「耳」も鍛えてもらえました。

 

夫の「耳」は 音楽だけではありません。

姿が見えない 声だけの人物評価がかなり的確なのにも驚かされます。

声だけで その人がどんな性格をしているのかを言い当てるのです。

 

すごい。

 

私は仕事上 人の「顔」を見て その人の情報を 肉体レベルだけでなく深層レベルで引き出すのは

けっこうできるのですが。

声は分からない。

 

誰しも 得意分野がありますね。

 

夫の「耳」は 彼のお父様が彼に与えた 素晴らしいプレゼントだなあ。と

つくづく感じます。

 

そして そのプレゼントは 夫を通じて 夫が教えるこどもたちにも引き継がれていくといいなあ。

 

 

 

 

 

魂に刻まれたもの

以前にもちょこっと書いたことですが

 

十代になってから大学1年生くらいまで

肋間神経痛がひどかったんですね。

 

ずきっと 一撃の痛みが来ると 持っているものを取り落としてしまうくらい。

あまりの突発的な激しい痛みに 病院に行きました。

病院では 「たぶん肋間神経痛です」と診断されたのですが

 

その後

前世療法を受けたことがありまして

退行催眠的なものをかけられて 自分の前世にさかのぼるということをやったら

 

ある光景がはっきりと見えてきたのです。

あばらにナイフを突き立てられた瞬間の光景でした。

周囲の風景は中東だったなあ。

私はその時 男性で 少年が私のあばらの隙間に ナイフを突き立てていました。

 

「ああ、この瞬間の衝撃だったのか」

と 不思議に納得しまして

そのあと もっと不思議だったのは それ以降肋間神経痛がすっかり姿を消したことでした。

 

心理療法ではよくあることなんです。

原因不明の痛みや不調が前世からの魂の刷り込みだった。ということは。

論理的ではありませんし 証拠もなにもあったものじゃないので確かめようがありません。

けれど 前世を知ることで 自分の不調が軽くなったり消えたりすることは実際にあります。

 

その時の 肉体の衝撃を魂が刻んでいたのだなあと

ひどく感心した出来事でした。

 

 

そしてね

肉体面だけでなく 実は精神的にもその時の感覚が刻まれていたのに気がついちゃったのです。

 

少年にナイフで刺されるなんて

どれだけ あこぎなことをやらかしていたのでしょうか、当時の私は。

商人のようないでたちでしたから おそらく金に汚いひどいことをしていたのでしょう。

少年の親を追い込んだのかもしれません。

 

今世の私は 「金を稼ぐ」ということに どうしても積極的になれないのです。

何故だか 妙な罪悪感を感じてしまう。

 

それなのに 自分の化粧品を製造したいがために 会社を興してしまった。

となるとその商品を売らないといけない。

だけど どうしても「売る」ということにブレーキがかかってしまうのです。

会社を興した当初から たくさん売れなくていい。と本気で思っていました。

 

会社を興すときに ある占い師さんにみてもらったことがあったのですが

「あなたは まったく商売に向かない」と言われ

そのほかの人にも

「やめたほうがいい。うまくいかないから」

と言われ

それでも 化粧品を商品化したくて会社を作ってしまったのですね。

 

その時に開き直ったことは

そんなに会社経営が自分に向かないなら それでもいい。

自分に偽りなく楽しく運営すれば きっとお金は後からついてくるに違いない。という妙な確信。

非常に楽観的な気持ちでやってきました。

 

私は経営手腕がありません。(;´・ω・)

経営者としては 将来の展望を描けないし 経費の計算も出来ないし

だめだめです。

だから店を拡大するとか もっと業績自体を大きくするとか そういうことに全く興味を持てませんでした。

けれども 職人気質なので 努力して知識や技を磨いていくということには

興味がつきません。

それに関しては 「もっともっと!」という貪欲な気持ちになれます。

 

商売には向かないけれど 楽しい仕事をしてきた。という満足感はありますので

幸せだったと言えます。

 

 

何を言いたいかと言うと

お金を稼ぐということに どうしても積極的になれずに、いまだになんとなく罪悪感を感じるのは

前世で少年に 刺されたということが 魂に刻まれているんじゃないかと

今やっと 気がついちゃったということです。

前世であくどい金稼ぎをしたに違いない。

 

こんな人生の終わりに近いところで 気がついてどうするんだ。

ということですが

私的には 自分の価値観の源泉が見つかって 面白い!と思ってしまいました。

 

 

 

個人のアップグレード

個人的に自分を取り巻く世界がアップグレードされるとき

つまり自分の周囲の次元が ちょこっとずれて変わるとき

 

 

かなりの頻度でポカをやりますね。

 

 

ポカのほかにも

人間関係でも変化がありがちで

理由もなく 人がなんとなく離れていくとか

友人と波長が合わなくなるとか

 

これは 自分の波長が変化するから 今までのような付き合いがつらくなるからだと思いますが

 

ポカの場合は

普段やらないようなポカをやります。

忘れものするとか

失くしものするとか

乗り間違いするとか

つまらない失態をするとか

 

頭のねじがいくつかとんじゃったんじゃないだろうか?

と不安になるくらい。

 

でも

私は知っている。

人生で そういうことが何度かあったから。

 

そういう場合は

自分の次元がずれて 上方にアップグレードされるときだと。

 

しばし

ポカをやったり

人が離れていって 寂しい思いをしたりしたあと

状況が 一気に開けて 新しい世界が広がる。

新しい人間関係も構築されるし

全く新しい人生の展開があった。

 

 

今年早々

私の身に それが起こっています。

どれだけ 失くしものするんだ!

いいかげんにしろ わたし、って。

 

たぶん 神経が緩んでいるということじゃないかと。

筋肉は緩むけど 神経はなかなか緩まない。

その張りつめてきた神経が ゆるんと緩むので 今までにはなかったようなポカをやる。

緩むというのは すごいことで

ものすごい力を発揮する直前というのは リラックスして力を抜かないと発揮できないように

これから 今までにないような力を発揮する直前だから 神経が緩んでいるのだと

私は解釈してきました。

 

さて

私は どう変化していくのでしょう。

ものすごく楽しみです。

ただの老化だったりして。(笑)

だとしたらお笑い草ですが

それも楽しいかも。

 

不思議なことに 身近に こういうポカをやってる人がけっこういます。

なんか集団で ずるっと世界がアップグレードされるのでしょうか?