AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

ツイッター  @sayoko11
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
そもそも現代アートは
愛知トリエンナーレが問題になっています。
過激な内容で 特に右翼から攻撃されたようですね。

少女像もさることながら
天皇の写真を焼いて灰にしたものを足で踏みつけるという作品が 一番よくなかったみたい。

少女像は 韓国との問題がとてもナイーブな状況の中での展示になったので
やはり タイミングが相当悪かったなと。

私は個人的に現代アートが好きなほうなのですが
現代アートの中には かなり えげつないものも 当たり前に存在しています。

中でも 衝撃だったのは
1995年 ダミアン・ハーストという 作家が
牛の親子を真っ二つ縦に切断してホルマリン漬けにした展示。
鑑賞者は その切断された 真ん中を通って鑑賞します。


うわ、気持ち悪いと思ったけれど ターナー賞という現代美術賞の中でも重要なものを受賞しました。
この時点で 現代アートもこんなところまで来たかと うんざりしました。

こういう作品が 賞を取ったということで その後これはどうなのだろう?という作品がどんどん生まれたような気もする。
作家は 自分のねじれた欲望を作品で昇華したりするから
人にとっては かなり気持ち悪く不愉快と感じるものを 作り出していく。
その作品は  私にとっては「最っ低。」と思えるものも 同じくねじれた欲望を抱えた鑑賞者にとっては
称賛に価するものになるわけで。

アートという 隠れ蓑があるから なんでもできちゃう。

だから
そもそもが 現代アートというのは なんでもあり。みたいなかんじで
作家たちは これでもか!と 既成を壊すことを 見せつけるということをさんざんしてきた。

それにしても
愛知トリエンナーレは 問題のある展示が 過去にもあるようで
2016年には 小鳥を使った展示が 愛鳥家にものすごい反発を食らったようです。

アートという 名前の元に 残虐なことが 大義名分を得て行える。
そういう 紙一重の世界でもあります。

紙一重と言えば 政治なんて とっくにその一重を大きく逸脱して
やってはいけない領域にまで 侵入していますが
それに関しては 大きな反論は言えないみたい。

これを停止に追い込んだ 政治的圧力も どっちもどっちかと。
えげつないものが 人の目に触れ始めた これも一つの象徴みたいに感じてなりません。
アルキメデスの大戦を観た
見てまいりました。


菅田将暉くん 面白かったです。個性的な演技派ですね。

珍しく夫も彼のファンなんです。頭の回転が良い ゆうて。


天才数学者が戦争を止めようとした。

戦争は現実に起きているので どういう展開になるのかと思っていましたが


戦争は負ける。みんなが自覚していた。
戦艦ヤマトは 崩壊する日本の象徴となる。

沈みゆくことが確定している日本の 「依り代」としての 役割だ。
そして 戦艦ヤマトは その象徴として沈んでいかねばならない。
それが分かっていて 3000人もが乗船していたわけだ。
同じく 軍隊として送られた人間たちは 滅亡を確信されて送られたわけですよね。


という戦艦ヤマトの解釈が興味深かったです。


しかしながら
この時代の 支配層の思想風景と 現代が 同じに感じます。
「新聞記者」と 合わせて観ると ますます昔も今も同じ。


これは 戦争反対のメッセージを含んでいるのか
あるいは 人によっては 戦艦の美しさに共鳴する人もいるだろうし。

どんな内容でも 真反対に解釈して 心動かす人はいるでしょうから。

沈む日本の象徴として 沈んだヤマトですが
戦後 このくらい経つと またぞろ同じ思考になっていくのですね。


誰よりも自分を信じ そして疑え
映画「新聞記者」の中で
主人公の自宅の机の前に貼られていた言葉ですが

これは まさしく私の人生のスローガンでもあります。


幼いころから 人には見えないものが見えたり 感じたりすること。
これは 自分の脳の一部が壊れているからかもしれないという
恐怖を感じて生きてきました。
自分の感覚を全否定していたわけです。
当然 自分の経験を親にも話したことはありません。

長じて シャーリー・マクレーンや ユング心理学や 
江原さんのおかげで そのような霊的なものが なんとなく市民権を得るようになってから
私も「ここにいていいんだ」という 自分を受け入れられる状況になりました。

ですので
私は自分を信じていい。だけど 同時にずっと疑い続けなければいけない。

そう 肝に銘じて生きてきたのです。

自分を信じられなということはとてもつらいことです。
自信が持てないわけだから。

人はみな いろんな特徴をもって生まれてくるから
周りの人と違うところがあっても 本当は全然おっけーなのに
平均から逸脱すると いじめられたり 押さえつけられたり
それでますます 自分を受け入れることが難しくなってしまうと
幸せから 遠のいてしまします。

どんなことも まずは 自分がまるごと受け入れるしかない。
そのうえで 何故逸脱しているのか しっかり内省すればいい。
私は内省期間が すごく長くて 開き直るまでに時間がかかりましたが
おかげで 私のこどもには 平均の押し付けをしないですみました。
変わっていて当たり前。むしろ個性的じゃん。
 
だから お母さんたち
あなたのこどもが 平均でなくても まるごと「それでいい」って
言ってあげてくださいね。
私も 素直に幼いころに母親に話して そう言ってもらえたらどんなに楽に生きられたか。


今は だんだんそういう変な感覚と うまく共存できるようになって
しっかりスイッチを切ったりできるので 日常生活になんら不都合はありません。
むしろ 楽しいことの方が多いくらいです。