AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

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夫からもらったもの

私の夫はとても耳が良いです。

 

たぶんそれは

若いころから お父様のお仕事の関係上 若者が手に入れることのできないような演奏会のチケットを譲り受け

足しげく演奏会に通っていたからだと思われます。

若者どころか 年齢をいった人でさえ手に入れられないような演奏会も 体験することができたらしい。

ものすごい特権。

 

超一流と言われる 指揮者や楽団 演奏者 歌い手などと接する機会が 普通ではありえないくらいの頻度であったこと。

彼らの素晴らしい技巧や天性の能力に 長年浸り続ける幸運があったから。

十代のころは 演奏会に行くこと以外に趣味がなかったというくらい。

 

上手な演奏ではなく 心を打つ、魂を揺さぶる演奏を聴き分けることが

彼は得意なのです。

 

「これは いいよ」と言われた CDや演奏会は失望したためしがありません。

 

私は 中学1年でピアノも諦めたくらいに音楽的素養がありません。

最初は いいと 言われた演奏会を聴きにいっても その本当の良さがよくわかりませんでした。

なにしろ 演奏会自体聴きに行く回数がほとんど無かったから。

何が他と比べて良いのか判断できなかったのです。

 

でも 今や しっかり鍛えられたおかげで

どういう演奏が 心を打つのかを理解できるようになりました。

私も彼に倣って 一流の演奏を何度も聴くうちに 耳が敏感になったからでしょう。

バイオリンがどこで 楽譜を間違えたのか そういうことにも気が付くようになりました。

たとえ 演奏されている曲を初めて聴いたとしても 違和感のある音があります。

その音が判断できるようになったということでしょうか。

 

どんなことも 一流を経験しろと言いますよね。

宝石でも着物でも 一流のものを数多く見ることで本物が分かるようになる。

それは バレエとか 舞踏でも同じでしょう。

 

私は 「目」が優位な人間なので

聴覚よりも視覚からの情報が得意でした。

学校の授業でも 先生の話を聞いただけではなかなか記憶できない。

けれど それを文字にしていくと それを記憶することが得意。というように。

「見る」ことには貪欲だったので 絵画も宝石も着物も美しいものは機会あれば見る!のが趣味でした。

 

なので 「耳」を鍛えることがなかったのですが

夫と出会ったおかげで 「耳」も鍛えてもらえました。

 

夫の「耳」は 音楽だけではありません。

姿が見えない 声だけの人物評価がかなり的確なのにも驚かされます。

声だけで その人がどんな性格をしているのかを言い当てるのです。

 

すごい。

 

私は仕事上 人の「顔」を見て その人の情報を 肉体レベルだけでなく深層レベルで引き出すのは

けっこうできるのですが。

声は分からない。

 

誰しも 得意分野がありますね。

 

夫の「耳」は 彼のお父様が彼に与えた 素晴らしいプレゼントだなあ。と

つくづく感じます。

 

そして そのプレゼントは 夫を通じて 夫が教えるこどもたちにも引き継がれていくといいなあ。

 

 

 

 

 

海外ドラマにはまっています

30年近く前になるでしょうか。

デビット・リンチの「ツインピークス」にみごとにハマった時期がありました。

あれのおかげで ブルーベリーパイにもはまってしまい・・・・

 

簡単に翻弄される視聴者となっていましたが。

 

その後

韓流にも全くはまらず ドライな状態を長年キープしてきたのですが

以前にも書きましたが トルコのドラマに夢中になっています。

 

「オスマン帝国外伝」

あれ 平日毎日1時間放送するので 一週間で録画が5時間たまるんです。

それを見逃すと さらに次の週の分で追い込まれるので

なるべくその日のうちの空き時間に 忘れないように見ないとならない。

 

どうしてこんなにハマっているのかというと

お姫様たちの衣装が素敵。ヨーロッパのお姫様の衣装には何の感慨もないのに。

私は「フリル」には何の関心もないのです。フリフリの衣装とか全く関心なし。

ふわっと膨らんだ袖にも興味なし。

ところが トルコの衣装は フリルやふわふわではなく刺繍やベールで勝負、みたいな。

生地の文様や 垂れ下がる袖 ジョーゼットのような透け感のある素材。

 

衣装に合わせてつけられる宝石のデザインとか 髪飾りが毎回違うこととか。

見てて楽しい!

 

私が好んできた生地が 毎回趣向を変えて出てくるのがたまりません。

私は若いころから 「生地」が好きで 素敵なものをみると買わずにはいられなくなる。

特に透け感のある素材は大好き!なのです。

生地とか織物とか。それらが これでもか!と出てくるのです。

好きなものばっかり!

 

男性の衣装もいいんですよねー。ベストとの組み合わせとか 生地の組み合わせがほんと素敵。

 

これは たぶん 前世のアラブ時代の魂の記憶なのかもしれません。

すごく親近感がある。

 

そんなわけで 毎回様々な衣装を見ることが面白いのと

異民族の奴隷出身のヒュッレムという寵姫が のし上がっていく様がすごい。

なにしろ 祖国の家族は殺され奴隷として売られたところからの這い上がりなので

怖いものがない。

これは ものすごい強いですよね。

だから 皇帝とも精神面で互角に勝負するので 誰も勝てない。

周りのどんな寵姫たちよりも 精神がコンクリートみたいに強固。ほんとみごとな強さ。

 

自分の敵はどんな手段を使っても排除していく その迫力に毎回「すごいなあ」とため息が出てしまいます。

歴史的にも存在している人なので

もしかしたら ドラマよりもすごかったかもしれません。

 

 

あと イギリスのドラマで 「ダウントン・アビー」

こちらは 貴族の光と影で 登場人物全部がものすごい展開で物議をかもしだしていくので

見逃せませんが。

私的な見どころは 花の扱い方。屋敷を飾る花が素敵。テーブルの上の花とか。机の上の花とか。

トルコドラマには見られない 花の扱い方が好き。

正装の時の ロングネックレスにも興味はつきません。

 

いまだに こういう貴族がまだイギリスにはいるんだね。

さすがに いまだにアメリカに陰では君臨しているイギリスだわ。と イギリスの底恐ろしさに感心します。

 

これを入れると 毎週録画の嵐。

こんなに ドラマを見ることはかつてありませんでしたが

もはや 趣味の領域です。

 

毎日のわくわくが こんなところにあるのも楽しいものですね。

 

あ ちなみにロシアドラマ「エカテリーナ」も見てましたが あれわ全く私の関心を引きませんでした。

生地にしても 花にしても 宝石にしても アクセサリーにしても

私の好きなものは 何一つ出てこなかったので。

 

たぶん フランス貴族のドラマがあっても同様に興味をひかないだろうな。

 

ツインピークスは おどろおどろしい感じに 無性に引き付けられましたが

今は 完全に自分の趣味の範囲内のドラマに限られています。

 

 

 

 

魂に刻まれたもの

以前にもちょこっと書いたことですが

 

十代になってから大学1年生くらいまで

肋間神経痛がひどかったんですね。

 

ずきっと 一撃の痛みが来ると 持っているものを取り落としてしまうくらい。

あまりの突発的な激しい痛みに 病院に行きました。

病院では 「たぶん肋間神経痛です」と診断されたのですが

 

その後

前世療法を受けたことがありまして

退行催眠的なものをかけられて 自分の前世にさかのぼるということをやったら

 

ある光景がはっきりと見えてきたのです。

あばらにナイフを突き立てられた瞬間の光景でした。

周囲の風景は中東だったなあ。

私はその時 男性で 少年が私のあばらの隙間に ナイフを突き立てていました。

 

「ああ、この瞬間の衝撃だったのか」

と 不思議に納得しまして

そのあと もっと不思議だったのは それ以降肋間神経痛がすっかり姿を消したことでした。

 

心理療法ではよくあることなんです。

原因不明の痛みや不調が前世からの魂の刷り込みだった。ということは。

論理的ではありませんし 証拠もなにもあったものじゃないので確かめようがありません。

けれど 前世を知ることで 自分の不調が軽くなったり消えたりすることは実際にあります。

 

その時の 肉体の衝撃を魂が刻んでいたのだなあと

ひどく感心した出来事でした。

 

 

そしてね

肉体面だけでなく 実は精神的にもその時の感覚が刻まれていたのに気がついちゃったのです。

 

少年にナイフで刺されるなんて

どれだけ あこぎなことをやらかしていたのでしょうか、当時の私は。

商人のようないでたちでしたから おそらく金に汚いひどいことをしていたのでしょう。

少年の親を追い込んだのかもしれません。

 

今世の私は 「金を稼ぐ」ということに どうしても積極的になれないのです。

何故だか 妙な罪悪感を感じてしまう。

 

それなのに 自分の化粧品を製造したいがために 会社を興してしまった。

となるとその商品を売らないといけない。

だけど どうしても「売る」ということにブレーキがかかってしまうのです。

会社を興した当初から たくさん売れなくていい。と本気で思っていました。

 

会社を興すときに ある占い師さんにみてもらったことがあったのですが

「あなたは まったく商売に向かない」と言われ

そのほかの人にも

「やめたほうがいい。うまくいかないから」

と言われ

それでも 化粧品を商品化したくて会社を作ってしまったのですね。

 

その時に開き直ったことは

そんなに会社経営が自分に向かないなら それでもいい。

自分に偽りなく楽しく運営すれば きっとお金は後からついてくるに違いない。という妙な確信。

非常に楽観的な気持ちでやってきました。

 

私は経営手腕がありません。(;´・ω・)

経営者としては 将来の展望を描けないし 経費の計算も出来ないし

だめだめです。

だから店を拡大するとか もっと業績自体を大きくするとか そういうことに全く興味を持てませんでした。

けれども 職人気質なので 努力して知識や技を磨いていくということには

興味がつきません。

それに関しては 「もっともっと!」という貪欲な気持ちになれます。

 

商売には向かないけれど 楽しい仕事をしてきた。という満足感はありますので

幸せだったと言えます。

 

 

何を言いたいかと言うと

お金を稼ぐということに どうしても積極的になれずに、いまだになんとなく罪悪感を感じるのは

前世で少年に 刺されたということが 魂に刻まれているんじゃないかと

今やっと 気がついちゃったということです。

前世であくどい金稼ぎをしたに違いない。

 

こんな人生の終わりに近いところで 気がついてどうするんだ。

ということですが

私的には 自分の価値観の源泉が見つかって 面白い!と思ってしまいました。