AT EASE代表 長畑 佐代子のオフィシャルブログ

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草間彌生のエネルギー
国立新美術館で 「草間彌生 わが永遠の魂」展が開催されています。
70年の画業の集大成。圧巻の迫力です。

会場は 老若男女でいっぱい。
アートに興味のなさそうな人も きっと 草間彌生という人間に興味を持って来場しているのだろうな!
という感じです。

そう 草間には アートを超えて 「すごい!」と感じさせるエネルギーがあります。

幼いころから 水玉模様が見えていた。

描いていることが自己崩壊しない手立て。
描きつづけることが 自分を安定させる唯一の方法。

まさに 命がけで 描きつづけているという。

今年で88歳。
毎日キャンパスに向かう彌生氏。
描いているときの眼が すごいんです。
会場前の 映像があります。

そんな彼女の絵にエネルギーが無いわけがない。
入ってすぐのホール一面に 壁を埋め尽くす絵。



この中には きっと あなたが好きだと思える一枚があるはず。
それを見つけるのも 楽しい作業です。

私はこれが好きな一つ




個人的には 1970年代の コラージュ作品がとても素敵だと思いました
もちろん現在の絵も はじけていてすごい!!!

描きつづけなければ 精神が崩壊するという状況の中で
世界中から賞賛をあびている人。
アーティストとしては きっと 最高に幸せなんだろうな。

まさに命をかけて 日々描く絵に
本当に元気をもらえます。


5月22日まで。


ティツィアーノ
東京都美術館で「ティツィアーノとヴェネツィア派展」が開催されています。


イタリアの巨匠  当時のヴェネツィアで最も影響力のあった画家です。

1515年の 「フローラ」
愛され続けた 可憐な女性。その肌の透明感は半端ないです。
これは実物でないと分からない。




枢機卿が 「ウルヴィーノのヴィーナス」以上のヌードを希望して注文したという。
「ダナエ」
 
金の雨になった ゼウスを受け入れる 股を開いた恍惚のダナエ。
枢機卿が こんな絵を注文しちゃうんですね。

ダナエの画像は ネット検索してみてくださいね。


私は個人的には 画家の力は肖像画にあると思うので
教皇を描いた これが一番すごいと思いました。
半端ない「生きる力」(良くも悪くも)が みごとに表されている。



ティツィアーノにより レンブラントとか ルノワールとか たくさんの画家が
感動して影響を受けてきたわけです。


私は ヴェナツィアの フラーリ教会で「聖母子被昇天」を見ました。




愛くるしいマリア 

ティツィアーノは 大衆が求める 可憐なマリアをみごとに表現していました。
天才というものは 自分勝手な表現をごり押しする人ではなく
周りが求めるイメージを 最大限に引き出すことが出来る人なのだなあと
つくづく感じた次第です。


だからこその 当時の人気画家であったわけだ。


これって すべての表現者に当てはまることだと思うのですが
どんなに技術や感性が優れていても 当時の民衆や注文主の意向に寄り添えなければ
人気者にはなれない。
人気者になれないということは その道で生活をすることが出来ないということでもあります。

誰にも理解されなくてもいい。自分は自分が望む道を行くのみ。
と 孤高のアーティストもいると思いますが
それだと自分が本当に追求したい道とは別に 生活費を稼ぐ道を見つけなければなりません。
亡くなった後に評価される人もいるけれど(アンリ・ルソーみたいに)
やはり 生きている間に ちゃんとそれなりの評価をもらって
生活のためのお金を稼いで行ける方がいい。

だから 天才というものは
人の望むものも ちゃんと把握できる人だと思う。

ティツィアーノは 天才。




資生堂で 吉岡徳仁

資生堂ギャラリーで「吉岡徳仁 スペクトル」が開催されています。
会場いっぱい 霧の中で虹が走ります。




吉岡氏は 結晶とかクリスタルとか使わせたら 第一級のアーティストです。

繊細で幻想的。

クリスタルに 光を当てて 虹色をつくる。




この作品の裏には 16分のビデオがあり
今までの吉岡氏の作品を紹介しています。




これは是非 全部見てほしい。
美しい作品たち。

どれも繊細で技術的で知性的。
ガラスのベンチは パリ オルセー美術館の印象派ギャラリーに常時展示
結晶の椅子
クリスタルプリズムでつくられた建築
ガラスの茶室など。


入場は無料だから とってもお得!です。


帰りには ROSE BAKERYで ヴェジタブルプレートを食す。



これ ボリュームたっぷりで お腹いっぱいになります。

ヴェジタブルプレートって いろいろなサラダが載っているけど
他の店では ぼんやりした味のサラダが多いような気がしますが
こちらのサラダたちは
クミン や ミント パクチー バジル ディルなど
香辛料や香味野菜をたっぷりきかせて どれも個性的でしっかりした味付けをしているから好き。



資生堂ギャラリーは 3月26日まで。

何故か 写真が巨大化してしまいました。

 

もはや強い刺激は・・・
国立新美術館で 「ダリ展」が開催されています。

いわゆるあの「ダリ風」な絵が誕生する以前の
印象派のような ダリの絵も来日していて

ダリの足跡が想像できて楽しい。


冒頭 女性の目が切り開かれるというショッキングな映像から始まる
ダリの 最初の映画「アンダルシアの犬」。


以前 ダリ展でも上映されていたのですが
立ち見だったので 全部見ることをしなかったけど
今回は 椅子もあり はじめて 約15分の映像を見ることができました。

初回上映の際は ピカソらが絶賛したという。
そういう時代だったのでしょう。
私はやはり意味がわからないけど
不条理で不穏な雰囲気だけは感じました。

今観て 面白いか といえば 私は面白くない。
けれど
その時代に こういう衝撃的な不条理作品が公開されたということを想像すると
面白い。

そのほかの映像は
ヒッチコックの 映画 グレゴリー・ペックが夢を語るシーンで
ダリが その夢を担当したシーン

ディズニーが ダリの世界をアニメで再現した 美しい映像もあり
(これは一見の価値おおいにあり!!! ガラが主人公)

見どころは満載です。

映画だけでなく ダリは 宝石や 演劇の舞台美術
本の挿絵など 幅広く活躍しており
時代の寵児でした。


これらすべては ダリにとっての 生涯のミューズである
年上の破天荒で 遊び好きな妻 ガラのお手柄なのでしょう。

ダリのキャラ付けも ダリの作品選びも
すべてが ガラのプロデュースだったらしい。


ガラは ダリにとっての女神であり 聖母でありました。

ガラの晩年は ダリにも会おうとせず さらに年下の愛人と 
ダリが用意してくれたガラのお城で暮らしました。
やりたい放題だね。

だから ガラが亡くなった後は たぶん抜け殻になっちゃんたんですね。
引きこもって 作品も作らなかったという。

ガラがプロデュースしたからこその 「ダリ」であったということ。

大スターだったアーティストだけど
果たして 幸せだったのかな?



ダリの象徴とされる 「蟻」や「歪んだ時計」のモチーフ。
黄色と青を混ぜた ダリ独特の 美しいけれど不穏な背景の色。
強烈なダリの世界。




すごく面白かったのですよ。この展覧会。

気持ちはかなり高揚したんだけど
肉体が 疲れた・・・・・

刺激の強いものに対して もはや肉体がついていけなくなっているのか?
かなしいけど。

年齢を重ねていくってこういうことなのかな。



もう若くないから
なるべく 美しい穏やかな
目に優しいものを 選択していかなくてはいけないのかもしれません。


( ;∀;)


12月12日まで。





クラーナハの 怪しい女体
国立西洋美術館で「クラーナハ展」が開催されています。

国立西洋美術館が世界遺産になってしまったので
全国からツアー客が どっと押し寄せています。

その流れで 「クラーナハ展」も 普段以上に人がいるような気がする。


クラーナハは 宗教改革の時代に生きた画家。
ルターとも深い親交を持っていました。


硬質な画風ですが 怪しく体をくねらせた女体を描かせたら すごい。
裸体に ヴェール これもまるっきりスケスケの極薄のヴェールを ひらりと身にまとう女性
その目は 何かあきらめたような あるいは 誘うような 何とも言えない表情です。

まさに 怪しい。

女性の怪しい裏の顔がうまい。


まるっきりの裸体に 極薄ヴェール。 うまいですよね、見せ方が。
これは 人気者になるわ。

今回は 修復に3年を費やしたあの「ユディト」が来日。
美しい色彩が 再現されました。

美術の画集には必ず出てくる これ。



生々しい首と ユディトの冷静な冷たい目が印象的。

人気のある画家で
工房を作り 絵画の大量生産をしました。

蛇を使った自分のサイン が クラーナハの商標ですが
これも 自分自身のブランディングをうまくできた証でしょうね。


個性的なので けっこう昔から好きでしたが
今回は 裸体やら 肖像画やら 銅版画やら たくさん出品されているので
じっくり楽しめます。

美術は男社会によって作られた。
まさに それがよく出ているかんじ。

1月15日まで。










鈴木基一の朝顔
サントリー美術館で「鈴木基一 江戸琳派の旗手」展が開催されています。


基一といえば メトロポリタン美術館の目玉となっている
「朝顔図屏風」が有名です。


こちらは 12年ぶりの来日。

相当今回も メトロポリタン美術館は出ししぶったという。

今後日本に来ることはあるだろうか?


金地に べた塗りの 朝顔
これがまた ものすごく 攻撃的というか 挑戦的というか。
動きがあって かっこいい。

アメリカ人が大好きだというのも分かる気がする。


もう一つの呼び物



「夏秋渓流図屏風」
もう えげつないくらいに 極彩色なんだけど
これもまた 基一の 並々ならぬ挑戦を感じます。

「どうだあああああ!!」って。


面白かったのは
「大原雑魚寝図」なんですが
これは 雑魚寝ではなく じつは 乱交なんだと・・・
琳派をたっくさん所蔵している 京都の細見美術館 館長からの
お話し。

乱交図 なんて 言えないからね。

そういうことを知って 鑑賞するとまた 面白い。

琳派は大好物なので 楽しかったです。

10月30日まで







杉本博司 ロスト・ヒューマン
東京 恵比寿の写真美術館で 「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展が開催されています。




写真家になる前 杉本氏は骨董美術商だったのですが
骨董美術と 戦前の骨董品の収集は 今もなお続いているそうで。

人類と文明の終焉という壮大なテーマで
骨董と 自身の作品からなる 壮大な杉本ワールドが展開しています。

「今日世界は死んだ もしかしたら昨日かもしれない」という出だしで
その キャプションを手書きするのは
宮島達男
須田悦弘 
束芋   などアーティストや
ロバート・キャンベル
千 宗屋
小池一子
極楽とんぼ加藤浩次

などなど。


その インスタレーションの 独創性に驚きました。
化石から ラブドールまで。
ありとあらゆる 奇想天外なものたちが みごとな協調を見せています。





第二会場では
「廃墟劇場」 のシリーズで
廃墟となった劇場に 様々な映画を上映させて それを長時間露光で撮る。

「仏の海」は 京都三十三間堂の千手観音の 巨大な写真


すごい発想だなーーーー。




いや まじ 圧倒された。
完全にノックアウトされました。


こんな 個性的な世界を次々 発表する杉本氏はどんな 頭ン中しているんだろう。

いくらでもアイデアは出てくる!とおっしゃっておりますが。



11月13日まで。
 

すっごいわくわくしました!
めっちゃ 楽しかった。


きゃっほう!って感じになりました。









かえるくん、東京を救う
「かえるくん、東京を救う」は 村上春樹氏が 1995年の神戸大震災、さらには地下鉄サリン事件を経験したことで 書かれた短編6つのうちの一つです。

村上氏の言葉を抜粋します。

「1995年1月に神戸の大震災があり、同じ年の3月には地下鉄サリン事件が起こった。
 つまり1995年2月というのはそのふたつの大事件にはさみこまれた月なのだ。不安定な、そして不吉な月だ。
 僕はその時期に人々がどこで何を考え、どんなことをしていたのか、そういう物語を書きたかった。」

【かえるくん、東京を救う】では
銀行員の片桐さんがアパートの部屋に帰ってきたら、そこに言葉をしゃべる巨大な蛙がいた。

という不条理な世界。

その二人が 東京の地下にいる巨大みみずと戦い 2月18日朝の八時半に
東京に起きるはずであった直下型地震を
止めた という物語なのですが・・

名もない 普通のおじさんと 巨大な蛙が 誰に知られることもなく
地下にいる みみずと戦い 誰にも称賛されず 知られることすらなく その悲壮な戦いの末に命を落としていく。
二人の戦いの事実は そのまま闇に埋もれて消えていく。




ただの 不条理かもしれませんが


こういうことって けっこう 現実には起きていると思っています。
つまり
誰にも知られることなく 任務を全うして 消えていく人たち。

そのような人たちが 世界中に影のエージェントとして 闇の仕事をしてくれているから
なんでもない 平和な世界が保たれている。


馬鹿げた話なのに「かえるくん、東京を救う」は 読後に深く感動した。

とんでもない不条理の世界を描きながら なにやら 不思議な深い感動を与えられるということが
村上氏の天才たるゆえんだ。


世界中の片桐さんと かえるくんに 感謝!って思う。

他の短編もとても象徴的で面白いです。
「UFOが釧路に降りる」
「アイロンのある風景」
「神の子どもたちはみな踊る」
「タイランド」
「蜂蜜パイ」

佐野洋子さん
佐野洋子さんの絵本「百万回生きた猫」は 3人のこどもたちそれぞれに語り聞かせた絵本ですが
何回 読んでも 語り聞かせている間に自分が泣いてしまうという不思議な絵本です。

こどもたちは それぞれ自分のお気に入りの絵本があり
何度も何度も 読んでもらうのをせがんだ絵本は こどもたちの宝物なのですが

この「百万回生きた猫」は まさに私の宝物。

おそらく こどもたちが大人になって いろいろ社会でもまれて苦しいことも経験したうえで
この絵本をもう一度読んだら きっとまた違う印象になるにちがいない。

佐野さんは 常に物事を斜め横から眺めて 冷静に観察していて
とてもかっこいい おばさんでした。

2007年にお亡くなりになりましたが

がん宣告された直後に ディーラーに乗り込んで
ジャガーを即金で買うエピソードは 佐野さんを象徴するエピソードではないでしょうか。

小説「天使のとき」は
佐野さんが「一生に一度描きたかった春画」ということですが
とってもシュールな 家族模様をポルノチックに描いていて さすが。

がん闘病中の エッセー「死ぬ気まんまん」は
聖書のようにいつも傍らに置いておかねばならんと思ってしまいました。
こんな潔く 自分が死ぬことを楽し気に受け入れられるなんて。
病気や苦しみの中にいたら どれだけこのエッセーで勇気づけられることだろう。


エッセーも 小説も どれも
佐野ワールドで 誰にもまねできない世界が広がり
佐野さんの 人柄も際立ちます。


短編集「食べちゃいたい」から
佐野ワールドを ちょこっとだけ紹介してみます。


題名は 「ねぎ」

佐竹さまの奥様は 五百万円以上だろうと噂された絞りのお召し物でした。

帯はなんだか私にはわかりませんでしたが 一センチ位のダイヤモンドの指輪をなさっていました。

河村さまのお嬢様は パリに二度仮縫いに行かれたとかのシャネルのスーツでした。
胸にエリザベス・テーラーが手放したと言われたエメラルドのブローチをつけていらっしゃいました。

女の人が興奮なさるのは 比べるものがあるところでなくてはいけません。
皆さまご満足だったと思います。

その時 あのねぎが入ってきたのです。
目のさめるような緑の足をすっすと動かして 上半身は真っ白でつやつや光っていました。

透明な白い肌に それは繊細な白いすじが通って 真っ白な髪でした。

「おう」と殿方がいっせいにねぎに見とれました。
河村さまのお嬢様が ねぎを自宅に招いて 皆様に納豆ごはんをふるまわれたそうです。

ねぎをきざんだのは佐竹さまの奥様で きざみながら
「はだかで来るなんてひきょうよ」とおっしゃいました。



ね? なんか愉快でしょ?









至福の時間

あなたにとっての至福の時間とは どんな時でしょうか。

美味しいものを食べているときも
美しい景色を眺めているときも
気兼ねない友達とおしゃべりをしているときも

美術館で感動しているときも
居心地の良い旅館やホテルでくつろいでいるときも
感動的な映画や 楽しい映画を観ているときも
誰かのために 手を懸けてお料理を作っているときも
そして案外 一心不乱に家の大掃除をしているときも

それなりに 私にとっては楽しい時間ですが


一番手軽に 一番 心浮き立つときは、と言えば


例えば 村上春樹全集を片手に お茶なぞ傍らに用意して読書しているとき。

それが雨の日であれば 「よしよし 今日はどこにも行かないで本を読んでいよう。」
と思えるし
素晴らしい晴れであれば 「こんな良い天気の中で 家で読書できる贅沢!!」
と感動する


けっこう 簡単な方法で 至福の時間を持てるのです。
村上春樹じゃなくても いいの。
現在関心のある 物事に 切れ味鋭いつっこみや視点を持って書いてくださっている論文でも
心躍ります。

美しい文章の小説とか。

火山のふもとで。は その文章の美しさで圧倒されました。


活字の中に埋没するので
美しい日本語であったり エキサイティングな視点であったり 

それがすごいエネルギー源になります。

 

だから 至福。